開拓塾 小学5年生から中学3年生までを対象とした学習塾
PICK UP
Student Blog 講師ブログ 校舎通信 Pick up 講師 Pick up 生徒
HOME ビジョン コース案内 校舎一覧 会社情報 採用情報 お問い合わせ
ビジョン ビジョン
MENU
カテゴリー
最新のエントリー記事
バックナンバー
HOME > ビジョン > 強烈な間違いが、時に成功を生む。

VISION-24
強烈な間違いが、時に成功を生む。  [2010.05.07]

仕事ができない人、できる人。

そこには、もちろんあらゆる理由が存在する。

大きなポイントの一つとして、仕事という行為をただするのか、
たえず、手段、目的を明確にとらえ、目標に向かっていくか。

仕事が本当にできる人は、手段、目的、目標、リスク、成功確率、
達成到達時間、お金、人の気持ち、メリット、デメリットなどを
ほぼすべての事象において、それらの意識がくみこまれている。

仕事ができない人は、それらの意識が極めて低い、もしくはない。

ただその直面した仕事を行為としておこなっているだけだ。

では、意識が強かったとしても、意識がおかしかったとしたら?

たとえば、本来あるべき手段と目的が逆として、意識して活動
する人は、どうでしょうか?

普通は、仕事できない人ですよね。

しかし、強烈なまでに手段と目的が逆であると、
そこに成功という可能性がでてくる。

その、象徴事例は、フェラーリ。

通常、自動車メーカーは、車を売ることが目的。
宣伝などは、もちろん手段。レースで勝つこと
はもちろんメーカーにとっては宣伝という手段。

しかし、フェラーリの手段はちがう。

フェラーリは、車を売ることが手段。

では、目的は?

そう、レースに出ること。

F-1というレースに出て優勝すること。


レースに出るための資金が必要で、そのために
車を売るのです。


言ってはなんですが、フェラーリのオーナーは、
フェラーリ社のレース資金のために利用されているのです。

通常間違いでしょう。自動車メーカーの考え方として。

しかし、それが強烈なまでの間違いであると
それが成功を生む可能性が生まれる。

F-1でレースに勝つ車を作る。
この強烈なまでの目的。

言うまでもなく、圧倒的な結果を出し続けている。

フェラーリサウンドといわれるあの音。


そのために、いいエンジン、いいシャーシー、サス、ブレーキ、ハンドリング・・・

レースに出ることが目的、車を売ることが手段。

フェラーリの目的と手段。

不謹慎までの目的と手段。

フェラーリがほしくなったときでもあった。
その手段にのっかりたくなった。

だれが何と言おうが、間違いといわれようが、
貫く意志力、かっこいい。




余談 日本の中で強烈な社長の一人、本田宗一郎。

この方は逸話だらけで、それほど自分は詳しくもないが、
会ってみたかった人です。

ご存じの方が多いと思いますが、NO.2の藤沢武夫と2トップ
でホンダ自動車を1代で築きあげた。

本田66歳、藤沢62歳という若すぎる引退。

●引退を決意し、それから二人が最初に会った時の会話

本田「まあまあだな。」

藤沢「そう、まあまあさ。」

本田「幸せだったな。」

藤沢「本当に幸せでしたよ。心からお礼を言います。」

本田「俺も礼を言うよ。良い人生だったな。」


かっこいい!

「まあまあだな。」

重み、深み、さわやか、すごい人って本当にすごい。(事実なのかわからないが、
事実でいいじゃん、って感じ。)


自分もまねしたいが、無理かな。

おれ 「まあまあだな。」

大切な方々「まあまあさ。」

おれ 「なに?まあまあ?お前は最高と言え。(笑)」

こんなかんじだな。おれは、かっこいい男の会話できそうもないです。
残念! 風格ゼロ男。


●本田宗一郎の夢、F-1へ!
フェラーリを破り、圧勝 F-1コンストラクターズチャンピオン!

1986年、F1でのホンダターボエンジンの圧勝を面白く思わない
FISA(現
FIA)はターボエンジンの段階的禁止、及び1989年から
自然吸気エンジンのみへ移行する決定を下した。

わかりづらいかもしれないが、ホンダが強すぎるので、ルールを
変更になった。
ホンダのターボエンジンは、その当時世界最強だった。
ちなみに、F-1(あらゆるスポーツにいえるが)はあくまでも
ヨーロッパのスポーツなのです。
ですから、日本が活躍することは許せないことなのです。

開発のために、ホンダは、どれだけ努力したかわからない。
限りなくインチキに近いルール変更。


これに憤慨したチーム監督の
桜井淑敏らは宗一郎に直訴しよう
としたが、宗一郎は桜井がしゃべりだす前に、

会うなり「ターボ禁止は本当か?ホンダだけがターボ禁止なのか? 違うのか、

馬鹿な奴等だ。ホンダだけに規制をするのなら賢いが、
すべてのチームが同じ条件なら、またホンダが一番速く、
一番いいエンジンじゃないか。
で、なんだ話ってのは?」と言い、

桜井らは嬉しくなるとともに、
後ろばかり見ていた自分達を後悔し
「いいんです、何でもありません」と引き下がった。

ホンダは
1987年に16戦11勝、1988年には16戦15勝の圧勝、
自然吸気に移行した1989年にも16戦10勝、その後も、
1991年に宗一郎が亡くなる年までタイトルを獲得し続けた。  wikipedia


かっこいい。本田宗一郎。

かっこよすぎる。だから、ホンダはあの強烈なフェラーリ
までもやっつけた。

その当時のレーサー。魅力あったなあ。

ナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケ、アイルトン・セナ。

たしかに彼らが、勝った。彼らはすごいレーサーだ。

でも、自分は、本田宗一郎が世界をやっつけた。
本田宗一郎がいたから、できた。
自分はそう思っていた。

楽しくて仕方なかった。

F-1優勝までたどりついた、ホンダ。

桜井監督のころは、よく自分もF-1をみていたころなので、
すごく覚えている。


2008年、ホンダはF-1を撤退した。

とても残念だった。

個人的には、強烈なまでの魅力あふれる本田宗一郎の
心を受け続けてほしかった。















   
←前の記事へ 次の記事へ→


←戻る pagetopへ↑
HOMEインフォメーションビジョンコース案内校舎一覧会社情報採用情報お問い合わせ
Student Blog   講師ブログ   校舎通信   Pick up 講師   Pick up 生徒
Life-size Trouble ~カウンセリングルーム~
サイトマッププライバシーポリシー
COPYRIGHT (C) KAITAKU INK. All rights reserved.
To Your Stage 合格の架け橋 開拓塾