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1994年、会社をやめ、起業することを決めた。
親、友人、お世話になった上司に報告した。
相談は誰にもしなかった。
数人の親身になってくれる人たちが、
自分に反対をした。
優しさからだった。親はこのこと自体には
まったく異論をとなえなかった。
反対した人たちは、「そんなにかせぎがあるのに。」
とか、「不景気だから、今はやめたほうがいいんじゃない。」
などだった。
結局は、自分の力を認めてくれていなかっただけだ。
しかし、それに対し、1%もむかつきはしなかった。
「そりゃあ、そうだろう。」
おれのことなんも知らんし。少なくとも、仕事の自分を。
でも、「竜馬なら、いける。」この言葉、ほしかったなあ。
「竜馬なら、いけると思った。」よりやっぱりいいよね。
起業は、すべて仮定法だ。
「自分は、いけてる。」
そこから始まるに決まっている。
反対する人には、申し訳ないが、1%も
びくつく理由もないし、考えが変わるはずもない。
仮定法を必ず、立証してやる。
1994年、バブルがはじけ、不景気の中に日本はいた。
「不景気は、チャンスだ。俺に風がふいている。」
「不景気だからこそ、立ち上げる必要がある。」
心の中で反対する人たちにほえた。
不景気は消費者の財布のひもがかたい。
消費者の目は厳しい。
もし、仮に自分という名もなき商品がすばらしくとも、
見極めてくれる目がなければ始まらない。
厳しい目が自分に必要だった。というか、後押し
になると考えた。
このときの自信、俗に言う根拠のない自信。
今までで、最大だったかもしれない。
何も結果はだしていない。
でも、1%も不安はなかった。
失敗、成功ではなく、この自信
の事実が早く知りたくて、しかたなかった。
成功か失敗か、それはひとつの結果であり、
どちらにしても、変わらない自分がいるという自信もあった。
それも含めて、知りたかった。
そして、拡大するには、お金がいる。
1校舎もないうちから、拡大のシナリオを描いていた。
あほですねえ。
とらぬ狸の皮算用寸前です。
不景気は、もちろん金利が低い。
これもまた、チャンス。
だから、「今がチャンス。そして、おれは勝つ。」
これは、忘れない心の声だった。
26のあおいガキにちがいはなかった。
こんなにも不景気を喜んでいたやつは、当時そんなにいなかったかもしれない。
「おれに風が吹いている。」と心から思うあほ。
発言してたらきっと、友人たちは、「豊橋が風強いだけだわ、あほが。」
とつっこまれてただろう。
日経平均が、8000円前後。GMが、シティーバンクが・・・
当時ごときではない、不景気だ。
あのころと少し変わった自分もいる。
しかし、変わらないものもある。
「不景気というピンチ、ここは、やはりチャンス。」
変わってないな、おれ。
このチャンスを、また勝ち取る。
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