2006年12月アーカイブ
<< お名前 >> ラプ << 年齢 >>15 << 性別 >>女性
<< ご相談内容 >>
私は、開拓塾生です。期末テストでは、順位が上がらずとても困っています。先生方は、とても熱心に教えてくださったのに結果が出なくてとても後悔しています。周りの人は、とても順位が上がっていて、最高順位を出した人もたくさんいます。なので今、とても焦っています。勉強しても結果が出ないのが怖くて勉強ができません。今何をやるべきなのかまったくわかりません。どうしたらいいですか?
=== 上記の相談に対する回答 ===
人間は誰もが報われたい。
報われないときに、辛くなったり、苦しくなったりする。
君が、どんな子で、どんな成績かわからない。
でも、きっとがんばっているんだね。
「勉強しても結果が出ないから怖い。」
たしかに。
じゃあ、「君は勉強せずにいられる?」
「勉強しなくて結果が出ない。」
これは、当然のことであって、悲しむ権利もない。
君は、勉強しなくて結果が出ないことを受け入れられる?
勉強しないことは、怖くない?
きっと、違うよね。
結果がほしい。結果に飢えている。
結果で喜びを味わいたい。結果で安心を得たい。
志望校合格への不安要素を排除したい。
自分が間違っていないということを確認したい。
先生の気持ちに応えたい。きっと、そうなんだよね。
何をやるべきかわからないはずはない。
開拓の先生たちは、明確に伝えている。
何をやっても報われないかもしれないという気持ちなんだよね。自分の考えを言うよ。
努力は、他人に使う言葉。人のプロセスを認めるために。
自分にはなるべく使いたくない。
人の努力を認めることが、軽くならないよう、
自分は結果にこだわってきた。
結果も出していない人間が、
いくら部下の失敗を、努力というプロセスによる認知をしたところで
たいしたものにはならない。単に共倒れに過ぎない。
人の努力は認められる人間に。
自分には、結果を出したとき以外は、努力をしたと認めない。
厳しい生き方に見えるかも知れない。
厳しく生きてるのではなく、シンプルに生きてるんだ。
結果が出ないことと、自分の努力を天秤にかけて、
努力のほうに傾いているかいないか、自分自身で日々
確認することに意味を感じない。
そして、たいてい人は弱いから、ことあるごとに努力のほうに傾いてしまっている
と感じてしまう。
結局、へこむだけで、あんまり意味がない。自分が明るく生きてく理由にならないことを
排除したいだけ。
だから、シンプルに。
結果が出たときだけ、自分をほめてあげればいい。
結果が出なくても、あまり自分を否定する必要もない。
ただひたすら、次に向かうだけ。
結果と努力の天秤はいらない。
結果という光を追いかけるだけ。
追いかけていることを努力なんてしみったれたものにしない。
自分が追いかけたいから、走るだけ。
歩いて、捕まえれるなら、歩くだけ。
歩いて無理なら、走るだけ。
きっと、楽しいよ。何も考えず、ひたすら走ってごらん。
怖がらずに、恥ずかしがらずに。
いいイメージだけを持って。
そのときの状態が、夢というんだよ。
われを忘れて、物事に熱中することを無我夢中というよね。夢の中にいるんだ。
何も考えず、ひたすら走ってごらん。
怖がらずに、恥ずかしがらずに。
いいイメージだけを持って。それが、夢。
努力なんて言葉を捨てて、
今から、この目覚めている現実の中で
夢に突入しよう。
さあ、思いっきり、手を振って。
<< お名前 >>建まま<< 年齢 >>38<< 性別 >>女性
<< ご相談内容 >>
こんにちは。昨日は保護者会でした。予想どおり2学期は落ち着きがなくおしゃべりが多く、テストの結果に出ているようです。国語が50点くらいしかいつも取れなくて40番位なので上に上がれないみたいです。勉強の仕方とかを変えたほうがよいのでしょうか?3年生になって伸びるのか心配です。あせっても仕方ないですよね?
=== 上記の相談に対する回答 ===
こんにちは。
お母さんは、いろいろ相談されていますが、
いったい何に不安なのか整理してください。「お母さんの望む高校進学への不安」
「国語の点数が悪いことへの不安」
「落ち着きがない現状に対する不安」
「いくら勉強してもできそうもないという不安」
「中3になっても学力が上がらないという不安」あれもこれも不安視していることが、
よくないです。子供のだめな点を冷静に分析することは、
親の役目ではないと思います。
「世の中のマイナス評価に対して、ただ一人のプラス評価をする人。」それが強い味方であり、よき理解者になる。
これが親の大切な役目の一つだと私は考えます。
世間から多少ひんしゅくを親が買うぐらいの覚悟が必要だと思います。
それが、子供を守ること。そう思う。例えば、落ち着きがないと先生から保護者会で言われたとします。
そこで、先生に噛み付く必要はありません。でも、お母さんが、家に帰って
「授業中しゃべってはいけません。周りに迷惑かかるし、内申点にだって響くよ。」
といったところで、何か変わるでしょうか?
そして、お子さん自身そんなことわからないでしょうか?
もちろん、百も承知です。相手にとってわかりきっていること、いわゆる「正しいこと」を正しく言って、
親の言うことを子が聞くのはせいぜい小学生までではないでしょうか。そんなことより、「あんた、そんなによう授業中しゃべることあるね。
まあ、いくら静かに授業を受けてても、死んだような目で授業受けるよりは、
100倍ましだけどね。元気あってええわ。」位のほうがいいように思う。それを子が悪用する可能性はある。親がいいと言ったと。今後も変わらないかもしれない。
でも、子供は本当に親が授業中しゃべってもまったく問題ないと解釈するでしょうか?
そして、親のせいでよけいしゃべることになるのでしょうか?
きっと、そうではないと思います。
ある悪いことをした。その1点で考えないことが大切です。
今回のケースでは、授業中しゃべること。そのときに、学校生活でそれより悪いことを必ず考えてください。
「学校で授業中しゃべることより悪いことは、なんだろうか?」と。答えは出るはずです。例えば、学校に行かず、家にひきこもることとか。
いんけんないじめをすること、またはされること。・・・・・それが、悪いことに対して1点で考えないことです。
そう本当に考えれば、先ほどのようなことは本心で言えると思います。
親は、どこだけはこだわることなのかを明確に子に伝える必要があります。
それは、親によって違っていいと思います。
例えば、うそをつくな。これが、その家の1番のいけないことでもいいし、
子の義務として、学校に行くことでもいいと思います。仮に学校に行くことが絶対であるならば、
学校に行ってからの行動は、ほとんど何をしてもOK
ということになるわけです。ここが考え方のポイントです。そのように明確なものを作り、それ以外のちょっとした悪いことは、
「世の中のマイナス評価に対して、ただ一人のプラス評価をする人。」
であってほしい。子供のめっちゃ強い味方であってほしい。
もう1度しっかり整理してください。
お母さんは、何に不安なのか。
今、健康に生きてるこの現実をどう思うのか。
勉強していないだけならば、勉強方法と言う問題ではない。
お子さんが内申点にこだわりがあるのに、授業中しゃべっているのか。
お子さんが中3になって伸びようという意識があるのに、伸びそうもないのか。
もし、そうでないのならば、いらぬ心配かもしれません。
人にとって、未来は2つしかない。
そう、明るい未来か暗い未来。
成績であれば、伸びるか、伸びないか。
入試であれば、受かるか、落ちるか。わからないのであれば、
親は、子の明るい未来を信じること。
親は、子の明るい未来を信じ続けること。
親は、子の明るい未来の応援者そして、強い味方。そうでありたい。親も気合がいるんです。
子の努力不足を嘆く前に、
親は子へ信じるという努力、
だめと言わない努力をどれだけしたのか。元気なお子さんの当たり前のいいところを
見つけてあげてください。きっと、明日の朝
お母さんに「いってきまーす。」
と言うでしょう。
Tomorrow never knows.
だったら、
I believe your tomorrow.