そのチームは最弱だった。「向かう所、敵なし」の先輩たちに比べ、
その代は余りに弱かった。
先輩たちも引退し、自分たちの代に委ねられたその日、
顧問の先生はチームを集め、全員に問いかけた。
「楽しいバスケがしたいか。それとも勝つバスケがしたいか。」
紫のスーツにスキンヘッド、グラサンの顧問に、その中学で逆らう生徒はいない。
時間は静かに、ゆっくりと流れる。
「・・・勝ちたいです。」
沈黙を破り、そこから少しずつ「勝ちたい」という言葉が続いた。
恐怖からか、それとも本当にそう思ったのか、みんなが言うからなのか、それぞれの意図は分からなかったが、答えはそのとき一致した。
その日からまるで地獄絵を見るようだった。
走った。走った。走り続けた。まさに雨の日も風の日も。
もうどれくらいボールを触っていないだろう。
そんな疑問も忘れるほど走り、ひたすら筋トレだった。
激しい雨と雷の中、学校の非常階段をびしょびしょになりながら、
上り降りを繰り返してまた走るバスケ部たちを、校舎の中から
指さし笑っている他の部の生徒たち。
毎日誰かが必ず吐いていた。
体育館ではモップを使わず、雑巾がけのダッシュを繰り返す。
隣のコートでは女バスが真似して笑っている。
学校内の廊下もバスケ部が雑巾がけを猛ダッシュで駆け巡る。
かっこつけの集まりだったバスケ部は、そのときどう見られていただろう。
きっと馬鹿か、狂ってると思われただろう。
でもそのときは、周りばかり気にしていたかっこつけたちも、
もうどうでもよかったのだろう。
あれだけクールに気取ったバスケ部が、髪を触るしぐさも無くなっていた。忘れてしまった。
砂の上だろうがかまわず、ゴールでは誰もが倒れて目を閉じ、必死で呼吸し、土と溶け合っていた。
その暑い夏の終わりの新人戦大会だった。
1年生にしてレギュラーとなりチームの中心となって
先輩たちとも対戦していたセンターとガードの二人率いる知立南は「天才の集まり」と呼ばれ優勝は確実とされていた。
そのガードにはかつて先輩たちが3人のマークをつけていた。
そのセンターには残る2人が・・・他の選手は野放しにしてでも。
そのリスクを負ってでも止めなければならない2人。
1年生にして存在感を出していたそんな2人に、新たに前代よりも身長の高い3人が入っている。圧倒的だった。
難なく知南は決勝へ。
それに比べ、1回戦から苦戦する弱小チーム。
顧問はそんなチームにゾーンディフェンスを禁止した。
練習でもやっていないので誰もが納得した。
顧問が指示したのは「マンツーマン。オールコートで。」
馬鹿たちの普段どおりの返事は、体育館を響かせた。
その声は以前の弱小チームでは考えられない大きさだった。
うすうす誰もが感じていたのかもしれない。
しかし、自分たちはそのとき普段どおりだと思っていた。
試合開始直後からオールコートマンツーという体力の後先考えないチームに、どのチームも手元が狂いミスが連発。
弱小チームは、勝ち進み決勝に進んだ。
そのニュースは号外が出たかのように他の部活に広まり、決勝にはいつしか大会そっちのけで観戦にくる他の部や女バスたち。
好奇心からか笑い声が体育館を包んでいた。試合を行う1つのコートが見える以外は体育館の全てを野次馬の笑顔が埋め尽くしていた。
顧問の指示は「マンツーマン。オールコートで。」
さらに加えた。「勝ってこい。」
天才たちに勝つ?そんなことはまずありえない。
会場の野次馬たちは10人中10人はそう思っていたはずだった。
しかし、チームの返事は野次馬の笑い声をかき消した。
静かになった体育館の空気がふわっとボールを宙に浮かせた。
バーン!
なんとジャンプボールは弱小チームが勝った。
しかし、思いっきりそのままコートの外へ。
弱小チームはバスケのルールをまだよく分かっていない。しかも手加減というものを教わらなかった。
それでもそのボールの行く先を見て、笑みをこぼしたのは知南のガードただ一人だった。
そこから知南のガードは、たった一人で点をもぎっとっていった。
ガードを抑えてもセンターが入れる。
センターを封じればガードが来る。
中を固めてもガードとセンターの二人は3Pシュートもはずさない。
完璧なコンビだった。みるみる点差は開いていく。
他の三人もこぼれたボールをしっかり入れてくる。
防ぎようにない。流れは完全に知南だ。そのはずだ。
しかし表情はなぜか苦しい表情をする知南。
前半を25点差で終えハーフタイム。
そこで自分は初めて気づいた。静かな知南ベンチに対して、
弱小チームは明るかった。決して笑顔だったわけではない。
ベンチが、応援が、体育館が、全てが、活気に満ちていた。
活気に包まれていたのだ。
それは不思議な感じだった。夢の世界にいるようだった。
痛みも、疲れも何もない。ただ早く後半戦がしたかった。
25点差。点差を見ても何も感じることが無かった。ただ25点差。
顧問は点差を口にしなかった。言ったのは、「勝ってこい。」
それだけ。
後半に入り、オールコートのマンツーマンはひたすら続く。
なぜかボールを落とす知南。転がるボールに先に手が伸びるのは常に弱小チームだった。手加減を知らない弱小チーム。
仲間へのパスはドッチボール。フェイントは一切ない。
しかし、知南の10本の足は止まっていた。シュートをただ見ているだけ。10本の手も、もう無駄には上がらない。むしろ上げようともしない。シュートははずれるだろうという予想だったのかもしれない。
しかし、弱小チームは部活が終わったあと、それぞれ個々に夜の暗い見えないどこかでシュートは練習していたのだろう。なぜか皆入る。
タイムアウト。
知南ベンチには亀裂が入ってきていた。
顧問は、チームに円陣を組ませ、静かに一人ひとりに指示を出した。自分への指示以外は聞こえなかった。
再開。
なんとそのうちの1人の指示は、フェイントだった。
ずっとフェイント無しの弱小のチームに対して練った秘策があっただったろう知南の戦略は、宙を切る手とともにかすれ、シュートは決まった・・・・逆転。
そこから長い長い1点差の攻防が始まった。
取って取られ、取って取られ、何度繰り返しただろう。
サインを確認しようとベンチを見ると、
顧問は涙ぐみながらベンチの選手を抱きしめて叫んでいた。
ふと見ると、見ていた人たちが泣いていた。
ふと見ると、チーム全員が泣いていた。
ふと見ると、見えなくなった。
汗かもしれない、涙かもしれない。わからなかった。
目の前がぼやけていた。ただ、耳がつまったような感じになっていて、叫んでる声がする。いや、それは声援だった。
はっきりとは聞こえない。はっきりとは見えない。
しかし、必死の声が、つまった耳にも響いてきていた。
ピー!ファール!
すでにファールを7回以上していた両チーム。
残り時間は10秒だった。2点差。勝っていたのは、自分たちだった。
しかしフリースローは知南。しかもあのガードだった。
1本目を決める。当然だった。彼がフリースローをはずしたところを見たことがない。
1点差。
恐らく、はずしてくるという予想だった。誰もがそう思ったのだ。
はずしてリバウンドしたものを入れれば、勝ち越しされてしまう。
10秒間の全力のリバウンド争いが始まろうとしていた。
そう、10秒間の試合が始まる。
緊張が会場を包んだ。
彼のシュートはふわっと軽い風船のようにきれいな弧を描き、そのままコートに落ちた。届いていない!
そのまま落ちたのだ。
一瞬だった、予想外の展開に時は確かに止まった。
でも10秒のカウントだけが進む、一気に「キープ」の声が会場を包んだ。
10秒、10秒持ち続ければ、勝ち。
自分にボールが渡り、3対1の10秒の争いが始まった。
ボールはパスすればカットするトラップディフェンスだった。
わざと出させる隙をつくってきていた。
ただ10秒、そこに互いに必死だった。
叫んでいる。パスを我慢するしかない。ドリブルで10秒。
左だけをわざと空けられている。
あとは至近距離に3人が詰めている。
どうにもならない。
長かった。
「ピッピッピー!」
試合終了とともに自分は思い切りコートにボールをたたきつけた。
そのボールが高く高く跳ね上がるように歓声は学校中に響いた。
もうほとんど見えていなかった。前はにじんで見えていない。
けれど、覚えている。
その歓声のもとにチーム全員が一列にならび、
「ありがとうございました!」と
頭を下げたつもりが
「あがとごさました!」と言ってしまったことを。
辛かった日々があった。
優勝するなんてあの日、そこまで思って返事をしただろうか。
ただ「勝ちたいです。」
あのとき、楽しくラクな道を選んでいたら、きっと下っていただろう。
『辛い時こそ上り坂。』
自分の好きな言葉はこうしてできた。
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