先日、久々に家族で御飯を食べました。
同じ家に住んでいるとはいいつつも、ほぼ顔を合わすこともなく、居候、もしくは一人暮らし状態。
母に会っても「久しぶり」と言われるしまつ。確かにそうなんだけどさ。
何かにつけて直球でせめてくる母。
メールにしろ、言葉にしろ。
以前「なめているのか」という文面を見て、一瞬にしてフリーズをしてしまった自分がいた。
本気でメデューサ並の威力がある。
しかし、どんなに強いことを言ってきても、もう知らない、と言ってきても、その後メールで少しだけ本心をきかせてくれる。
「大丈夫、がんばれ。」と応援してくれる。
母は知らない。
その一言で私が泣きそうになっていることを。
その一言でがんばろう、と思っていることを。
その一言で安心して向かっていける気持ちになることを。
ありがとう、という言葉は返すけれど、どんな気持ちになったかを言うことはないと思う。
照れくさい、とかではなくて、簡単に言ってはいけない気がするから。
何かに向かっていく時、特に初めてのことにトライする時、迷って迷って正しい方向に進むかもしれない、迷って迷って全く別の方向へ向かってしまうかもしれない。
渦中にいるときは自分の進んでいる方向は分からない。けど、必ずそれを見ていてくれる人がいて、間違った方向へ進もうとしているときは、ちがうよ、そっちじゃない、と連れ戻してくれる人が必ずいると思う。
それが家族なのか、友達なのか、同僚なのか、まったく別の人なのか。
それは分からないけど、ひとり、ということはないと感じる。
特に最近は。
個人的なことに始まり、全くまとまらない状態で終わってしまうけど、そういう感じです。
松岡先生のブログにもありましたが、母の背中は大きい、というのを感じています。
追いつくのはまだまだ。全く遠い。ファーラウェイ。
でも、いつかは、そんな位置にいます。最近。
気付けば1月も12日。
さぁーーーーー、がんばりまっしょい。 |