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変化 2010年02月18日 
小椋 真衣 

一つのものを好きになると、ひたすらそればっかり食べたり、飲んだり、聞いたり、読んだりするタイプだ。
「変なとこばっかり似るんやから。お父さんそっくり。」と、何度母親に言われたことか。
「そういう自分だって同じこと何回も言っとるやん。」と、何度言い返したことか。

よく、「飽きないの?」とか、「つまらんじゃん」とか言われるけど、
それが食べたいから食べるだけだし、飲みたいから飲むだけだし、
聞きたいから、読みたいから、そうするだけであって、
別に飽きることもなければ、つまらないこともない。

こうして、またひたすら同じものに囲まれて生活している。
行きつけのラーメン屋のポイントカードも、いつの間にかゴールドカードに昇格した。

「いつまでも このままで良い それは嘘 間違ってる」
帰り道、岸田繁が歌う。
この歌もよく聞いたな。

そのころ大学3回生だったな。

周りが急に慌しくなった。
黒い髪に黒いスーツ。黒いカバンに、黒い靴。
みんな同じような格好をしながら、同じように期待と憂いを背負い込んで、
人とは違うところをアピールしに出かけていった。

「おぐが羨ましい。やりたいことが決まってて。」
「決まってるわけじゃない。思い込んで、決まったことにしてるだけ。」

そうやって、寒すぎる三条河原で、ゆく河の流れを眺めた友人達。
流れを自ら変えたヤツ。変わらない流れの中で違う風景を見ているヤツ。
今年から逆戻りすることを決めたヤツ。

いずれにしても、誰一人として、久しくとどまりたるヤツはいない。

私も。
新しい流れがやってきた。その中で、まずは一つ、変えてみよう。
ラーメンの種類だけでなく、行動も。



言葉 2009年12月31日 
小椋 真衣 

本を読んだり、映画を見たり、音楽を聴いたり、誰かと話したり…。

日々の生活の中で、溢れる言葉。

いつまでも心に残る言葉もあれば、跡形もなく消え去ってしまう言葉もある。
忘れられない言葉、忘れたくない言葉、忘れたい言葉、忘れてはいけない言葉、忘れてしまった言葉。

自分の心が動いたとき。
その言葉をノートに書く。

「面白き こともなき世を 面白く 
 すみなすものは 心なりけり」

ノートは、たどたどしい字で書かれたその言葉から始まる。
小学生の時に読んだ、高杉晋作の伝記にあった言葉。

それからたくさんの言葉がこのノートに加わった。

一番最近では、マザー・テレサ。
「100人に食べ物を与えられないのなら、1人にあたえれば良い」


私は、高杉晋作にも、マザー・テレサにも会ったことがない。
だから、彼らが本当のところどういう人だったのか、分からない。

その言葉そのもののような人生だったのかもしれないし、
言葉と行動が全くマッチしていない人だったのかもしれない。

だけど、人は思ったこと、考えたことを言葉として吐き出すのであって、たとえ嘘をついたとしても、そのことについて考えたことがなければ、言葉になることはない。

どんな嘘であろうと、空想であろうと、そのすべての言葉の源は己の内なる心の中にある。

もちろん、言葉にならない言葉も、言葉にすべきでない言葉もあるけれど。

そういう意味では、いずれにしても、やっぱり彼らはすごい人だと思う。
私には、そんな言葉が頭に浮かぶこともないから。
そしてその言葉通りの人生であったなら、なお良いなとも思う。


今年も色んな言葉に出会った。
自分も色んな言葉を口にした。

2010年、どんな言葉に出会うだろう。
どんな言葉を口にするだろう。

良い言葉が溢れていたらいいな。
良い言葉の溢れる一年にしよう。



ラフなレター from 鹿児島 2009年11月28日 
小椋 真衣 

近頃の若者(一応)にしては、メールをしない方だと思う。
だから、他の近頃の若者に比べて、親指の筋力は相当劣っているのではないかと思う。

あんなに速くボタンを連打できません。
街中で、足早に歩きながら手早くメールを打っている人を見ると、
この人たちにストリートファイターⅡを対戦させたらすごくハイレベルな戦いになるんじゃないかと、勝手に想像して勝手に感心してしまう。

何か、メールってダメですね。
便利で日々の営みにマッチしているからこそ、かくも広く普及したのではあるのだろうけど、
自分の生活には今ひとつ合っていないようだ。


その分、と言っては何だけど、近頃の若者にしては手紙は割とよく書くほうだし、よく受け取る方だと思う。

大学のころは、諸事情で携帯が使えなくなって、時々音信不通になっていたから、それを大して心配してもいない友人たちが面白がって自分の家のポストに手紙を入れに来た。

「生きとる?」だの、「今お腹すいとるやろ?」だの、どうでもいい内容のものがほとんどだった。

でも、手紙は、どんなに下らないことを書くときでも、
どんなに下らない内容のものをもらうときでも、
相手のことが浮かんでくる。
その人独特の文字の形や、タバコ臭い紙から、その人の息遣いが感じられる。
何か、それがいいですね。


一週間ほど前、ポストを開けると、チラシの山の中から手紙が二通、発見された。
少しシワがついていることから、二通の手紙は長らくその窮屈な居場所から救助されるのを待っていたのだろうと想像できた。

二通とも、鹿児島に住む友人からだった。

消印の日付が古い方から先に読んだ。

「あるところに、たいそう仲の良い豚の夫婦がいました。
 とてもとても仲が良くて、いつ何時も離れることはありませんでした。
 ところが、あるものを食べたところ、二人は別れてしまいました。
 さて、一体何を食べたのでしょう。」

なぞなぞかよ。
誰も聞いていないのに、ツッコミを入れた。
何かあったのかとちょっと心配したやん。

もう一通の封を開けた。

「ちなみに、お前も食ったことあるぞ」

それだけかよ。
まあでもわざわざヒントくれてありがとう。

すぐさま「わかめ!」とだけ書いて送ったが、
「ブー。甘いね。曙のパンチぐらい甘い。」
と返ってきた。

んー。何だろう。分からんなあ。

こうやって、また下らない手紙が増えていくんだな。
でも、まあ良いか。
いつか言ってた、下らないことを本気で出来る大人に、なれたってことだもんな。


…にしても、答えは一体何なんだ?
あんたの安否よりも気になるわ~。



Fantomがやってきた 2009年10月28日 
小椋 真衣 

Fantomくん(オスかどうかは定かでない)が我が家にやってきて、1ヶ月あまり。
随分アンバランスなこの風景にも、まあまあ慣れてきた。

家に帰ると、まずFantomくん(オスっぽいシンセサイザー)の電源を入れる。
タッチパネルを光らせながら、30秒ほどかけて彼は準備をする。
準備が整うと、あとは私が鍵盤に指を置くのを大人しく待つ。

そして、私が置いた鍵盤の担当する音を、きっちり響かせる。
そこには、偽りも誤りも気遣いもない。
ただただ、あまりにも律儀に、正直に、正確に、彼なりに精一杯音を放ってくれる。
心のちょっとした変化まで、音として伝えてくれる。
時に力強く、時に戸惑いながら。


ピアノなんて全然弾いたことがなく、鍵盤ハーモニカを人並みに弾いたことがあるレベルだから、
ドレミを両手で順番に押さえることもままならない。
Fantomくんのウォーミングアップが終わってからしばらくの間は、ひたすら「かえるのうた」の輪唱の練習をしているが、全然出来るようになる気配がない。
さぞやFantomくんにとっては退屈な生活だろう。

ごめんよ、Fantomくん。

君は本当にすごいよ。
こんな私でも、設定を色々いじってボタンをいくつか押すだけで、何人分もの楽器の音を一気に出してくれるんだから。

君が刻むリズムは、こっちの心臓の鼓動のリズムまで変えてしまいそうなほどゾクゾクするよ。
君が奏でるギターの音は、つま先まで一気に突き抜ける鋭さを持っている。

そんな君に自分の想いを託せる人たちも、やっぱりすごいね。
CDなんかを聞いていて、「このメロディー良いな」と感じることはよくあるけれど、
自分自身が表現したメロディーで「良いな」と感じることはほとんどない。

日々、心の中で色んなことを感じながら生きている。
誰だって毎日何かに対して喜んだり、わくわくしたり、苛立ったり、悲しんだり、様々な感情が心の中に渦巻いている。
でもそれを形のあるものとして表現することって本当に難しいんだな。

Fantomくん、君に関する説明書は分厚すぎて読む気にならんから、私はいつまで経っても君が持っている素晴らしい機能を使いこなせないかもしれないけれど、
君が響かせるその音が、少しでも楽しいものとなるように、頑張ってみようかなと思うよ。



Fantom 2009年09月28日 
小椋 真衣 

豊田支部の先生方ならご存知だろうが、
ここのところ、ずっと欲しくて欲しくてたまらないものがある。

今のところ、喉から手が出てきてはいないけれど(さすがにね)、
とにかく欲しくて欲しくてたまらない!

すでにそれを買うことは心に決めていて、いつ買いに行こうかとわくわくわくわくしている。
早くその日になればいいのにと、ソワソワソワソワしている。


少し前に、ある人にハマり始めたのがきっかけだった。

最初は、「へー、意外にかっこよかったんやなあ。」なんて思っていただけだったのが。

「うわー、かっこよすぎでしょ!」となり。

「あれほしい」。


もうこうなってしまったら、どうにも出来ない。

子どもじゃないんだから、と自分に言い聞かせつつも、しっかり下見に向かってるじゃないの。
店員さんに説明してもらいながら実際に手にすると、全く使い方が分からない。
なのに、「次来たときに買います」。


おやおや。言っちゃったね。


「絶対やめといた方が良いって。」
「いやー、ローン払い終わるまでに100%飽きるよ。」

「そうやろうね。」
そりゃ、四半世紀も小椋真衣をやっていれば、それぐらいのことはさすがに分かる。

そうやって手に入れたものが、ほとんどオブジェと化してしまっている事実もある。
でも、買ったことを後悔したことなんて一度も無い。

何か、そこまで欲しくなったものを、
ちょっと高いからって、どうせすぐに飽きるからって、特に生活に必要ないからって、
それだけのことで買わない方がイヤだ。


こうして、狭い部屋がまたどんどん狭くなっていくんだな。

よーし、とりあえず、それを置くスペースを確保せねば!
それから、歓迎の印にちょっと祝い酒でも用意しとくかな!

うん、楽しみだ。



夏来たる 2009年07月04日 
小椋 真衣 

よいしょ、また半年後にね、と言って、こたつ布団に別れを告げた。
心なしかテーブルも凛と立っているように見える。

このこたつ布団には愛着があって、毎年なかなかしまえない。
というのはウソで、ただ単に面倒なのでこんな時期まで我が家で活躍してくれている。
ありがとね。またよろしくね。

これをしまって、カーテンのレールに風鈴を設置すると、いよいよ我が家にも夏が訪れる。


夏っていいよなあ。何かワクワクする。

ラジオ体操のあと、畑に寄ってちぎって食べたきゅうりの味。
本を片手に、朝から晩まで入り浸っていた喫茶店の、コーヒーとタバコのにおい。
ちょっと無理して酒を飲む自分達を、優しく見守っていたかのような川床の明かり。
持て余している生命力と、光や闇や何もかもを包み込んでくれた鴨川の流れ。

自然界に溢れるエネルギーを自分も吸収するんだろうか。
それとも、ただ単に夏休みが好きだったからだろうか。
ビールがより美味しく感じられるからだろうか。

まあ理由は多々あれど、とにかくテンションが上がる。


ただ、そんな私でも、夏で苦手な点が一つだけある。


虫。


ほんっっっと、これだけはやめて欲しい。
流れ星が落ちる前に7回願いを言うとしたら、文句なしで

「虫が出ませんように」。

シェンロンに願いを叶えてもらうとしたら、文句なしで

「虫が出ませんように」。


虫が苦手と言うと、周りからは必ずと言っていいほど(本当は不服だけど)
「えー、意外だねー」
といわれる私。

もしも、世界虫嫌い選手権みたいなのがあったら上位に食い込む絶対的な自信がある。
虫を退治するためにと買った殺虫剤も、描いてある虫の絵がリアルすぎてそれを持つのも気持ちが悪い。


そんなある日、豊田支部でいつものように仕事をしていた。ゆっくりと時間が流れる日曜日の午後。
プリントをシュレッダーにかけた瞬間、その裏からシュパパパパっと大きな影が動くのが見えた。

!!!

一瞬何が起こったのか分からなかった。
近づいてよく見ると、手のひらサイズの巨大なクモが!


うぎゃーー!!


平和とはいとも簡単に崩れるものだ。
このままコイツと一緒にいたら自分が食べられてしまうんじゃないかと錯覚するほどの大きさだった。

「矢崎先生~!!これどうにかしてください!!」
半泣きで救助を求めたが、
「別に悪いことする子じゃないんだからほっとけばいいでしょう。」
あえなく私の訴えは退けられた。

その後出社してきた先生も、
「ああ、それ昨日は向こうの壁にいましたよ。」

コイツの存在を受け入れるその包容力はどこから来るんだ!


結局、矢崎先生がこのビッグスパイダーに勇敢に立ち向かってくれて、支部にはまた平和が訪れた。
ありがとうございます。

でも、この平和もいつまた崩れるか分からない。

スリリングな夏が、始まる。



一日坊主 2009年06月04日 
小椋 真衣 

友人からお金の使い方を指導されてからしばらく経ったある日、家に小包が届いた。



大きさの割に軽い。



中身を開けると、ボディーに「100万円貯・ま・る BANK」と刻まれた、巨大な貯金箱が登場した。



テーブルに置くと、かなりの存在感である。





「すべて500円玉で貯金すると、約2000枚入れることができ、約100万円貯めることができます。」





ふーーん。



特に何の感情もわかなかったけれど、まあせっかくもらったことだしちょっとやってみるかな、と思って、早速財布の中に入っていた500円玉を投入した。まるで、大きなクジラに小さな魚を一匹だけあげるみたいに。





「チャリーン。ボワンボワンボワン。グルグルグル。」





控え目な音楽が流れる部屋で、貯金箱はちょっと大げさな自己主張をした。







思えば、こうして財布を持ち歩くようになっただけでも、かなり普通の人類に近づいたと思う。



財布ってすぐどこかに行ってしまうし、邪魔だし、小銭もジャラジャラしてやかましいので募金。

こうやって2~3年ほど前まではポケットにお札を突っ込んで歩いていた。





その私が貯金とはねえ。





100万円。

貯まったところで何に使うんだろう。



第一、500円玉を我が家に2000枚も溜め込んで、どこかで500円玉不足になって困る人はいないんだろうか。いなかったとしても、2000枚貯めようと思ったら、一日一枚貯めたところで、大体5~6年かかる。



5年後の自分が何を欲しがっているのかなんて、全く想像もつかない。

今も特にこれといって思いつかないし。



こうやって、人っていうのは明日も、1ヶ月後も、5年後も、自分が生きている前提で今日を生きているものなんだろうか。





・・・。





うん、やめよう!やっぱりやめた!

せっかくもらったけど、貯めたくなるときまで待っとって。



それまでは美味しいビール飲んで、欲しい本とCDとタバコとコーヒーを買って、気付けばお金が無くなって、お腹が鳴りまくって、暗い部屋で過ごして、冷たい水で体を洗って、そんな感じでやってくわ。





そういう生活も、私はまあまあ気に入っとるよ。





この貯金箱、吸殻入れとしての機能もなかなか優れてる。

ありがとね、シュワっち。



深夜の名古屋で 2009年04月07日 
小椋 真衣 

「おーっ!お久しぶりです!カフカさーん!!」

独特の甲高い声が駅前の雑踏の中で響き渡り、カフカさんではない人々もその声の主を見た。


キラッキラの弾けるような笑顔で、大きく手を振っている大学時代の後輩が、そこにいた。


見慣れた笑顔と、見慣れないスーツ姿のアンバランスさに、何ともいえない気持ちになった。
あぁ、時は流れたんだ、と。



大学に入って、怒涛のサークル勧誘が始まる中で、学生達の有り余る元気や明るさがどこか嘘臭く感じて、馴染めずにいた自分。


ある日、本でも読もうといつものように授業を抜け出すと、指定席にしていたベンチにこんな貼り紙がしてあった。



「風の歌  聴けばやりたい  かくれんぼ」
「まぁ、時々その辺で隠れてるんで、見つけたかったら適当に探してみて」





思いもよらなかった、かくれんぼとの出会い。
それからやったどのかくれんぼも、小さい時にやったものより遥かに真剣で、遥かに楽しかった。
その出会いは、また新たな出会いをもたらしてくれて、今の自分を少なからず形作ってくれている。


円山公園での、おじさんとの出会い。いつも日本酒くれてありがとう。
新京極通りでの、優しいティッシュ配りのお姉さん。あなたのお陰で隠れきることができました。ありがとう。

全日本選手権も燃えたなあ。
敗者復活戦からの逆転優勝、忘れられない。






そんな思い出話を入社式と新入社員研修を終えた後輩と話していると、お互い外見だけ堅苦しい格好をしているくせに、ちっとも変わっていないのが少し可笑しかった。




そして、深夜の名古屋駅前でやった、久しぶりのかくれんぼ。

いい大人がはしゃぎながら走り回る光景は、どこからどう見ても異様だっただろう。
隠れる場所をキョロキョロ探しながら、そそくさと物陰に隠れる姿など、どう考えても怪しくないわけが無い。

だけど、真剣に戦っているカクレンジャーにとっては、見つかるかもというスリル、孤独と戦いながら隠れきったときの充足感、たまらなかった。




お金を払えば、大抵のもが手に入る時代。
でも、お金をかけなくても、最先端の技術を使わなくても、今ここにあるもので楽しめるのがかくれんぼである。

楽しいと思えるかどうかは、自分次第。



これから新しい生活が始まる後輩を励ましながら、かくれんぼが教えてくれたことを、深く噛み締めていた。



腕時計 2009年02月07日 
小椋 真衣 

目が覚めてタバコに火をつけると、玄関のベルが鳴った。

面倒なので居留守を使おうかな、と一旦は枕元にあった本を開いたが、
朝から私に用事がある人ってどんな人だろう、と少し興味が沸いて、二度目のベルでドアを開けた。


宅配便だった。


朝の光と同じぐらいまぶしい笑顔で、「お届け物ですよ」と、彼女は言った。

小さな仲間が、我が家の一員になった。


コーヒーをすすりながら中身を開けると、見覚えのある時計が、箱の中で静かに時を刻んでいる。

以前から欲しかった、ポールスミスの腕時計だ。



誰にでも生きていく中でのちょっとしたルールがあるだろう。
伊藤先生が、マヨネーズは絶対味の素と決めているように、
吉田先生が、とんかつには絶対味噌と決めているように、
私はコーヒーは絶対スターバックス、仕事着は大体ベネトンで絶対黒、と特に深い理由も無く決めている。



そして、腕時計は絶対ポールスミス。



大学時代には、貴重なバイト代をはたいていくつも買った。
同じタイプのものを、いくつも。

どの時計も色がきれいで、どの時計も同じくらい気に入ってしまって、じゃあ、全部買おう、と。


そうやって買った腕時計達は、京都を離れるときに母親や友人、後輩にあげてしまったから、
今ではそれぞれの人生の傍らで、色んな場面をそっと見守りながら、時計の針を進めていることだろう。



好きとも嫌いとも言わず、ただ、黙々と。

誰も時間を気にしていないときでも、ただ、黙々と。



もしかしたら、もう誰の腕にもつけられていないかもしれない。

それでもあの時計たちは、静かに時を刻んでいるはずだ。ただ、黙々と。



時間よ、止まれ、という強い願いにも、
時間よ、早く過ぎてくれ、という強い願いにも、彼らは動じることはない。

慎ましやかな塾講師の腕でも、
豪奢なスターの腕でも、その動きを変えることはない。

どれだけ黒板にぶつけられて傷ついても、ふて腐れて止まることをしない。


その強さや厳しさ、そしてどんなことも思い出に変えてくれる寛大さが、好きだ。



これから、この新しい相棒と、どんな時間を刻んでいくことになるのだろう。



濃い時間を過ごすからね。
1秒1秒が、重くて動きにくいかもしれないよ。
色々苦労かけるかもしれんけど、よろしくね。
お互い、頑張ろうな。



心の奥のヒーロー 2008年12月23日 
小椋 真衣 

こう見えても、密かにドラえもんが大好きである。

小さいころから、あの何とも言えない容貌と、ポケットから出てくる不思議な道具に、心を躍らせていた。

酒を飲み、紫煙を燻らせるようになった今でも、時々マンガを読み返したり、UFOキャッチャーでぬいぐるみをゲットするのに必死になっている。

何故だろう。

好きという感情に理由など要らない、あるいは無いのかもしれないが、何となく、考えてみた。


ドラえもんには失礼だが、いくら控えめに言っても
彼は決して誰もがあこがれるようなスーパーマンではない。
強さ、完璧さ、カッコよさ、そのどれもが残念ながら欠落している。
第一、ドラえもんは製造過程でネジが一つ外れた不良品である上に、中古ロボットであるため、あらゆる機能が故障しているのだ。

大人気なくのび太と喧嘩するドラえもん。
肝心なときにいい道具を出せないドラえもん。
彼女にフラれて号泣するドラえもん。
妹に「お兄ちゃんしっかりして」と怒られるドラえもん。

だが、決してのび太を見捨てないドラえもん。
決してのび太を甘やかさないドラえもん。
決してのび太を見下さないドラえもん。

ドラえもんには、絶対的なカッコよさはないけれど、
のび太と同じ目線で、心から共に泣き笑いする温かさがある。
どんな時にも、のび太を真剣に応援する気持ちを持っている。

そうか。

自分は、心の奥でドラえもんに憧れていたにちがいない。
そして、人生における何か重要なことを感じ取っていたに違いない。

ドラえもんが持つ道具の利便性に憧れていたのではなく、
ドラえもんの心の温かさに惹かれていたのだろう。

ドラえもんは、私にとっての、大事なヒーローだったんだな。



神無月 2008年10月23日 
小椋 真衣 

もうすぐ、10月が終わる。
日本全国津々浦々から集まった神様たちによる、一ヶ月にわたる出雲大社での神様サミットも終焉を迎えようとしている。もうすぐ神様が帰ってくる。

私個人としては、神様とかそういったものは信じていないけれど、そういう考え方も嫌いじゃない。いたらおもしろいなとも思う。

日本には八百万(やおよろず)神といって、それぞれの専門分野を持った神様が無数にいる。白山神社には喧嘩の神様、天神・天満宮には学問の神様といったように。つまり、神様にも得手不得手があって、近所の神社に何でもかんでも頼みにいけばよい、というものではない。

ところで、出雲大社に集結して神様たちは何を話し合っているのだろう。

お互いに長く伸びたヒゲを褒めあったり、杖の材質自慢をしたり、自分の神社の巫女の堕落ぶりについて嘆いているのかしれない。

あるいは、最先端のプロジェクターや、どんな方言でも即時に標準語に直せる装置など、ありとあらゆる文明の利器を利用して、神社に集まった膨大な願いについての審議を重ねているのかもしれない。お門違いの願いに関してみんなで頭を抱えているのかもしれない。

そんなことをぼんやり考えていると、神様も神様なりに大変なのだなと思う。
一ヶ月間、自分の神社を空にしてまでひたすら話し合っているのだから、よほど執務は多忙をきわめるのだろう。

そんな日々の中で、叶えるべき願いを書いた紙を間違えてシュレッダーにかけてしまうことだってあるかもしれない。寝坊して、願いを叶えられないことだってあるかもしれない。

でも、まあ誰だってそういうこともあるから、そんなに気にしなくてもいいですよ、神様。
こっちはこっちで頑張っとくから、神様もちゃんと寝て、たまには飲んで、楽しくやってください。
で、時間があるときには、できれば私がバイクで事故ったりしないように見守ってくれると嬉しいかな。

まあ、私小さいときに神社で鈴がついた綱でターザンごっこして、綱ちぎっちゃった罰当たり者だから、恨んでるかもしれないけど。じゃあしょうがないし何とか一人でやってみるわ。

とりあえず、残り少ないサミット、頑張ってください。



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