ゴルフの開拓カップの後は、麻雀の開拓カップ。
タフだなーみんな。
発案は塾長(一番強い塾長本人は、諸事情により今回は不参加)で、僕と三輪先生で大会ルールの詳細を決めて。まず、僕は企画が楽しかったな。
大会は、塾長から「優勝候補の一角」と太鼓判を押してもらった箸本君が予選落ち、という波乱の幕開けで……ああ……マジで悔しい。仕事以外ではこの四年間で一番悔しい。
駄目だなー俺。弱い。敗因はわかりきってる。ぶれてしまった。まだまだだ、私は。
で、優勝は、望月先生。
予選ブロックで僕にとどめを刺し、準決勝では国士無双をあがり、決勝は最後で逆転した。
「俺、麻雀で優勝って嬉しいやー」と、いつもどおり爽やかな望月先生に、僕は「望月先生の生き方の、ひとつの結果じゃないですか」と、できるだけ爽やかに言った。
わかる人にはわかるが、この優勝は、重い。
望月先生の麻雀の歩みは、ある意味で壮絶だからだ。
望月先生は高校一年のときに塾長と知り合い、二十七年来の付き合いだが、その年月のほとんど全てにおいて、望月先生は麻雀で負け続けた。
望月先生が極端に弱かったわけではなく、何しろ塾長が圧倒的に強いから、勝つのはいつもリューマ。負けるのはいつもシゲ。
書いてしまえば簡単だが、それが、二十年以上続いた。
僕はその日々をひとつもリアルに知らない。
ただ、確定的に言えるのは、「僕なら麻雀をやめていただろう」ということ。
そして、思うのは、望月先生は二十七年間、負けて嫌な顔をすることは一度もなかったのだろう、ということ。
何かをやめることがいつも負けである、というほど、人生は単純ではない。
それに僕は正直、「頑張り続ければいつかは成功する」と信じているわけでもない。
それでも、逃げたほうが圧倒的に楽な場面で逃げない、ということの、価値。
避けたほうが遥かに実理性がある場面で避けない、ということの、価値。
きっと、望月先生には、「麻雀をやめる」という選択肢が浮かんだことすらないのだろう。
それを惰性と呼びたい人は呼べばいい。僕は呼ばない。
というか、僕は、望月先生のそういうところがいいと思う。
どんな動機であれ、どんな思いであれ、百人中九十九人がやめるようなところで、やめない。
望月先生は、そんな人だ。
望月先生は、負け続けてもやめなかったから勝てたわけではない。
しかし、やめていたら、絶対に勝てなかったのだ。
僕が望月先生に言ったのは、そういうこと。
望月先生、おめでとうございます。
本当は、タイトルを「シゲの生き様」にしたかったんですが、ひよりました。
もう二度と言わないと思うので、この場を借りて、一度だけ。
おめでとう、シゲ。 |