開拓塾 講師ブログ 開拓塾 講師ブログ

アントニオ広田 2009年01月27日 
広田 泰彦 

合格へ向けて語った。

初日の出を望むようなキンとはりつめた空気と

明るい陽を期待させる水平線が

僕たちの境界線を消し去った。

南校チームリーダーMr.南稜A君が「先生、気合注入お願いします。」と
私の前に立ちはだかった。

「だよな!」・・・

気付けば、20人近い野郎ばかりの群れ。

その中心で、手加減なしの気合注入。

それぞれが抱えた苦悩と不安そして固い決意がチョークまみれの手のひらとホッペタで爆発する。

 

「痛って~、ありがとうございます!」

いつしか校舎は異様な盛り上がり。

それは、春の陽気。

 

今日が明日、そして明日が春へ

真っ直ぐ春へ



Wマオ 2009年01月26日 
長神 智康 

小学生の時に入った2人。クラスにマオが2人。
「学校ではなんて呼ばれてるの?」「マオピー」
それ以後、2人をマオとマオピーで呼んで区別するようになった。

この1年でいろんな面が変わったね。
マオピーは、時に口のきき方が悪くて指導されたこともあったけど、今ではクラスに笑いをもたらしてくれる存在だ。
マオは夏に完テALL満点の偉業をなしとげた。

オープンクラスに積極的に誘ってくれるようにもなった。数種類の開拓ステッカーを貼ったバインダーを見せてくれた時の笑顔、すごくよかったよ。
で、さらに驚いたのは2人そろって、実力テストがあるから11時まで残って教えてくれって言ってきたことかな。意欲がすごい。

本当に偉いなあ、ありがたい存在だなあって思ったよ。
金曜日に残ってたときには、俺は何も教えることはなかったけど、傍で君たちを見ていて入塾してからの1年を思い出してたよ。

これからもよろしくな。



勝利へ 2009年01月26日 
紅林 尚礼 

今日も一日、寒い日だった。
でも、開拓塾の、おそらく、いや間違いなくすべての校舎で、
熱い、強い思いがあふれていたんじゃないかな。

新城校、豊川本校、二川校の3年生たち。
今日伝えたとおりだ。
これから過ごしていく時間が確実にあなたを合格へと導く。
みんな、良い顔して聞いてくれてたね。

あらためて、ビビる必要はまったくない。
力がついていくことを実感しながら、
そして、忘れちゃいけない、楽しみながら。

3月、共に喜ぶ姿を想像しよう。
共に笑いあう日を想像しよう。

僕たちには、その絵が見えているよ。
さあ、進もう。
勝利へ。



父の禁煙 2009年01月22日 
箸本‘husky’竜也 

「お父様、お母様、新年、明けましておめでとうございます」

 正月、そう言って僕は数ヶ月ぶりに群馬の実家の敷居をまたいだ。

 というのはもちろん嘘であって、本当は「おう、ただいまー」とか適当に言いながら玄関からリビングに進み、すぐに煙草を吸おうとすると、灰皿がなかった。

 母親いわく、父が煙草をやめた、とのこと。

 僕は「へえ」とか答えながら火をつけたが、内心は「マジかよ」と思っていた。

 マジであった。

 

 二年連続で肺の検査にひっかかり、母は結婚して以来、初めて「煙草をやめたら」と父に言ったのだそうだ。

僕は「一回ひっかかった時点でやめとけよ」とハリセンで父の頭をしばいた。

というのはさすがに嘘であって、「あそーう」と言っただけであった。

 

 その夜はレートの安い家族麻雀(父、母、僕、弟)を二年ぶりにやり、僕は六万円ほど勝った。

というのも実は嘘であって、不調ながらもきちんと千五百円だけは勝った。そのへんはさすが僕であった。

 僕は休憩の度にリビングに行って煙草を吸ったが、父は一度も「俺も吸うかな」とは言わなかった。

 

 短い帰省で、翌日の夕方にはもう家を出た。

 帰り道の車の中で、父の禁煙を想いつつ、僕はまだ半分以上残っているキャメルの箱を握りしめ、もう煙草はやめよう、豊橋へ戻ったら、こんなものは煙草への愛着と共に燃やしてしまおう、と心に誓った。

 わかっていると思うがそれは嘘で、僕はパワー・ウィンドウをウィーンと開けて、いつものように煙草を吸った。マジであった。

 

 遠ざかってゆく故郷の町を眺めながら、父がどんな思いで煙草に別れを告げたのか、少しの間考えた。

 それを想像するために、せめて一日だけ禁煙してみるかな、とも思ったが、結局面倒になり、それもやめてしまった。だから、父の気持ちはうまくわかってやれなかった。

 そうして、父が「やめたんじゃねえ、休んでるだけだ」と母親に言った台詞を思った。

 それは少し、わかった。

 

 不思議なもので、僕は父の弱点はみんな受け継いでいる。

 父はきっと、何かにさよならを言うのが苦手なのだろう。

 

 思えば……家族の中で、父に誰よりも「煙草をやめろ」とうるさく言っていたのは、子どもの頃の僕ではなかったか。

 その僕が、今や家族の中で一人だけ煙草を吸っているというわけだ。あきれた話だ。

 三十年近くの間、一度も「煙草やめたら」と言わなかった母。

 おそらく三十年先も煙草を吸うことはないであろう弟。

 父にとってはおそらく、医療機器が導き出す検査結果などより、煙草について沈黙を守り続けてきた母のひとことのほうが、重かったのではなかろうか。

 

 幼い僕は、父に煙草をやめてほしかった。だからそう言ったのだ。

 母は違う。

 ただ、生きていてほしかったのだろう。

 

 そういう何もかもを含めて、僕の家族であった。

 

 煙草はゆっくりと、しかし着実に燃え、灰になってゆく。

 煙草とはそういうものだから仕方がない。

 だが、根っこのところで、火はまだ灯っている。

 

 そして父もまた、そうだ。



ロマンチック/アストロノミカル 2009年01月22日 
箸本‘husky’竜也 

 就職先として開拓塾を志望する学生が豊橋本部を訪れるのを見ると、ときどき、自分が大学生だった頃のことを思い出す。

 そして、「社会人のほうが学生より大変」とかいうのは、どっか違う気がするな、といつも思う。

 

「高校入試より大学入試のほうが大変」、「入社してからのほうが就活より大変」、何かが違う。

「じゃあ社会人のほうが楽なんですか」ってそういうことじゃないけど、違うんだなー。違う。

 僕が違和感を覚えるのは、要するに、上にあるような発言の中の「大変」という言葉が、基本的に、測定・計量可能な時間や物量を客観的に参照しているからだろう。

 たとえば、高校入試より大学入試のほうが覚えることが多いとか、学生より社会人のほうが相対的に果たさなければならない責任が多いとか。

 けどさ、阿呆みたいな例だけど、十五歳が三キロ走るのと、十八歳が五キロ走るのと、どっちが「大変」かなんて言えるのか?三キロが五キロに増えたからそっちのほうが大変なのか?

 体力が上がっても?知恵がついても?経験を積んでも?意志力を得ても?

 

 何だかんだで、いつだって結構、自分のギリギリが試される方向へと、現実は進んでしまうものなんじゃないだろうか。

それぞれの時期には、それぞれの時期にしか特別に感じられないものがあるわけだ。

「今思えば、高校入試なんて……」ってその「今思えば」はどうでもいいのよ。

 そのときどう思ったかが問題なんだ。

 そのときどう生きていたかが問題なんだ。

 そして今、まさにこの現在、彼らは十五歳を生きているということが問題なんだ。

 

 戻ろう、就活の話。

 就職活動というのは、アレはアレで、なかなかのものだ。

「就職した後の大変さに比べれば、就活なんて……」っていう問題じゃないってことね。

 僕自身の就活はなかなか大胆で、恐ろしくいい加減で、そのくせ奇跡的な(と言っていいんじゃないですか、塾長)ハッピーエンドを迎えたから、「大変」という言葉はおこがましいけれど、やっぱりアレ、就活、嫌だったなあ。本当に嫌だった。

 その嫌さというのはたぶん、「結局のところ、まだ自分は何者にもなれていないんだ」という事実と向き合わざるを得ない気分の悪さ、だったと思う。僕の場合は。

 告知されるモラトリアムの終焉。まあ、告知したのは自分なんだけどね。

 あの時期の何とも言えない、ぬるい苛立ちと、強烈な焦燥と、ひたひた近づいてくるストーカーみたいな不安は、ちょっと忘れられない。

「何かにならなくちゃいけない」。

「何にもなれないかもしれない」。

 

 そんな中で、何とか自分であろうと、必死だったなあ。

 流されたり偽ったり妥協したり、何とかそういうのはナシで終わってやるんだ、って。

 就活ごときで折れてたまるか、って。気に入らなかったら切って捨ててやる、って。

 わざわざ京都から東京まで会社説明会を受けに行って、会場で手渡されたパンフレットに載ってた会社のキャッチコピーみたいなのが気に入らないってだけで、説明会を受けずに帰ったりしてた。何やってんだ。説明くらい聞いてやれよ俺。

 とがってたなあ。

 二十二歳。

中間はなかった。

1か、ゼロかだった。

 だから、「ここだ」と決めた開拓塾以外の選考は受けなかった。

 

 落ちたらどうするつもりだったんだろう、僕は。

 

 なかったな。そういうマジな仮定は、なかった。

 じゃあ「必ず受かる」前提で動いていたのかというと、全く違う。

 どうかしているかもしれないが、僕は「受かる」「落ちる」という観点で就活をしていなかった。

 そこが、たとえば大学受験との決定的な違い。

就活では、「何をすれば受かるのか」なんて全く考えなかった。

 学生から社会人になるという、このわけのわからない時期を、何とか箸本竜也のまま乗り切るんだということが、最大の関心事だった。

 合否じゃなかった。

 僕の就活を支えたのは、自分を見失いさえしなければ、出会うべきものに出会うんだという、自信過剰でロマンチックな信念だったのだと思う。

 

 やれやれ。

 

 きっと学生って言ったって色々で、僕の就活なんかとは月とスッポン(もちろん私がスッポンです)の就活をしてる子だっているんだろう。

 ただ、あの独特の不安や焦りと全く無縁で生きられる学生、というか人間、というのは、そうはいないんじゃなかろうか。

 

 ときどき、就活をやってる学生を応援しようかな、という感情になることがある。

 でも、しない。

 それは、メチャクチャ薄っぺらいもの、僕なんかがやったら。

 申し訳ないが、今の僕に、顔も見えない学生を本気で応援できるキャパはない。

 

 ただ、無責任な中で思うのは、あなたが本気であなたであって、その道筋で出会うのが、然るべき職場であるといいな、ということ。

それがたまたま(あるいは必然に)開拓塾であったなら、それはそれでとても嬉しい。

 そこに、選ばれる僕たちがいて、選ばれるあなたがいたなら。

 

 そんなの、ちょっと天文学的な確率にも思えるけど、起こるべきことが起こるときってのは、そんなもんだろ。

 

 グッド・ナイト、& グッド・ラック。



進化する開拓 2009年01月21日 
江尻 志保 

私が開拓で働きだしてからほぼ7年が経つ。
振り返ると、身の回りの色々なことが変わっていった。

開拓はかなりの速さで進化していると思う。

私が入社した頃は、校舎数は今の半分以下だった。
豊橋本部の3階には、みんな土足で上がっていた。
決して不便なわけではなかったけど、
ある日豊橋本部を大改装。
これが同じ場所?!ってくらい広くなった。

白い机に赤い椅子、大きなガラスばりの壁面に、利用しやすい給湯室。
おしゃれで快適な空間。

塾長が、私たちが毎日快適に仕事できるように、としてくれたことだった。

豊橋本部だけじゃない。進化したものがたくさんある。

テキスト。昔は対策授業のたびにプリントを印刷していた。
今は授業用、自習用ときれいにまとまっている。

実力テスト対策の冊子。広田先生のかなりハイセンスなデザインの表紙がかっこいい。
昔はみんなでトリトリして1つの冊子にしていた。なつかしいな。

パソコン、1人1台。うーん、贅沢。

研修ビデオがパソコンをちょちょいとクリックするだけで見れるようになった。

BUDDY。名前がかっこいいし、とても便利で感謝です。

そして最近は、豊橋本部のどでかいテレビモニター!すごすぎる。

開拓グッズも、長神先生が次々と考案し、種類豊富になった。

この他にも、本当にたくさんのことが進化している。

最良を目指しているから、どんどん良くなっていく。

目の前の物全てが、色々な人の手を通って、そこにある。
それを忘れずにいないとな、と思う。

開拓は5年後、もっとすごいことになってそうだ。

楽しみだ。




再び 2009年01月19日 
建部 洋平 
「ベッカム先生いますかぁ?」
 
ほんわかした口調。懐かしい声だ。
 
「みっちゃんだろ?久しぶりだな。」
 
「ふぇ~ん(涙)。出ると思わんかったぁ~。」
 
「おいおい、何泣いてんだよ。」
 
 
3年前の今頃、彼女は中浜校にいた。
自分が知る限りでは、塾で泣いた回数の記録ホルダー。
きっと岡崎先生も覚えているだろうな。
 
塾がある日は、必ずといっていいほど授業後に残って質問をしていったよね。
家でいっぱいの問題を解いてきて、分からないことをどんどん聞いてきた。

そして、
問題が思うように解けず泣き、
笑って泣き、
不安で泣いていたね。
 
「涙は合格まで取っておけ!」
この言葉がみっちゃんの合言葉だったような気がするな。
 
 
合格発表での最高の涙。
いい顔してたよ。
その場に立ち会えて、オレもうれしかった。
 
 
3年ぶりの再会。
いろいろ話してくれたね。
 
「○○は大学決まったんだよ。」
「○○は警察官になるんだって。」
「もっと早くにカイタクの高等部作ってよぉ!」
「先生、髪の色落ち着いたね(笑)」
 
あっという間の1時間だった。
話をしていて、
「こんなにカイタクの存在を大切にしてくれていたんだ。」
と感じさせてくれた。
本当にうれしかった。
ありがとう。
 
 
3年後、誰か遊びに来るのかな。
 
まずは今だ。
あの最高の涙を再び。
 
そのために、今精一杯走ろう。
共に、がむしゃらに。


マイカー 2009年01月18日 
加藤 健太 
先日、車を買いました。
前の車とは泣く泣くお別れして
 
数年前は全く車なんて興味がなくて、
免許取るまで、マニュアル車は「自分で運転する車」
オートマ車は「勝手に道とか曲がってくれる車」かと思ってたし。
 
大人になってからも、いろんなことに興味がわいてきて、
いろんなことを教えてくれる周りの人たちには本当に感謝。
車に関してもそのひとつ。
開拓の先生は、本当に車好きが多い。
新しい車にめぐり会わせてくれたのは広田先生、ありがとうございます。
塾長、オープンカードライブ。ぜひ行きましょう。
 
南校2年生、今度の車はオートマ、「ふいにエンスト」はしないよ。
 
学生時代は、15万円のパソコンよりも安い車を買って
いろんなところへ行ったなあ。
運転は下手くそだけど、思えばドライブは昔から好きだったのかな。
 
さて、今日は晴れまでは行かないけど、寒空の中で、ふらっとドライブ。
適当に車を停めて、缶コーヒーでひと休み。
新しい車を眺めて、「いかしてるな~」なんてひとり言。
 
道中、講座頑張ってるかなとか、定期テストどうだったかなとか、
いろんなこと考えながら、ただただ走る3時間半。
久々に、ゆっくりできたなぁ
 
また明日から頑張ります。
 


小さな教室 2009年01月17日 
吉田 和正 
もうすぐ新人教師たちが来る。
日々準備を進める中で、ふと昔を思い出す。
 
「先生、ここ教えて。」
「しょうがないなぁ、どこや。」
 
なんて会話に聞き耳をたてながら、自分はただ黙々と黒板を消し、そして机を拭く。
社会という教科のせいもあるが、教師1年生の自分が質問を受けることはあまりなかった。
 
残って質問をしていくことは、開拓ではよくあること。
 
「この問題さっぱりわからん。」
「先生、今日11時までいい?」
 
こんな生徒の要望(わがまま?)に応えている光景を見ていて、なんかいいなぁと。
いいなぁというより、うらやましいの方が上だったかな。
 
そして、現在。
多くのわがままが集まる。
それに応える日々。
水曜日の大林校。
中3学年末テスト対策が終わった。
こんなことがあった。
 
「先生、テスト範囲が終わらん。」
「家じゃ集中できんよー。」
 
1月11日深夜 朝まで勉強会をやった。
参加者4名。みんな女の子。元気がある。
 
「何からやっていいかわからん。」「数学からやったら。」
「この部屋、寒い。」「たしかにそうだなぁ。」
 
急遽、教職員室に生徒机を運んで、小さな教室ができた。
4人の生徒とモンゴル人ひとりの小さな大林校。
 
「あっ、そういうことか」と1問1問かみ締めながら取り組む、シホ。
あっちの問題、こっちの問題へとチョウのように飛びまわる、リエコ。
「先生もたいへんですねぇ」と気を使う、サキ。周りの子にも気を配る。
黙々と解き続ける、モモコ。自分のペースで休憩もしっかりととる。
 
午前3:00。みな笑顔で時計を見る。
深夜であってもしっかりとおやつタイム。
さすがは女の子。

午前8:00。生徒全員帰宅。
いつもの教職員室に戻った。
4人ともよくがんばった。でもここからがすごい。

10時からのスタディルームにまたやってきた。4人がそろって。
前日は、講座に通常、そして朝まで勉強。
そして翌日の自習教室に、続けて講座。
 
本当によくがんばった。
冬期講座からずっと走りっぱなしでがんばった。
いっぱいの投げかけによくついてきた。
 
あのころより力がついた自分がいる。
それでもみんなの要望に応えられていない。
力がほしい。つけたい。自分に、そして生徒たちに。
 
結果が出る。どんな結果であっても、彼女らはまた走り出す。
僕らは走らねばならない。
 
この子らから、小さな教会で祝福を受けた。
今度は君たちに、小さな教室で祝福をきっと与えよう。
 


湯船の中で。 2009年01月16日 
阿部 真一郎 

高橋校での授業が終わった後、
車を走らせ、『おいでんの湯』へ。

最近オープンしたばかりの天然温泉。
ゆったりとくつろげるお気に入りの場所。
時間ができると車を走らせる。

好きなのは、サウナと水風呂。
玉のような汗をかき、16度の水風呂へ。
その繰り返しが、たまらない。
あの、アントニオ猪木は、毎日水風呂に入っているそうだ。

あと、行くと必ず入るのは露天風呂。
いくつかある露天風呂の中でも、一番広い湯は、温度も一番高く芯からあったまる。

その日も体を洗い、真っ先にその風呂に。
誰もいないので、ゆったりと肩までつかる。
のんびりとつかりながら、色々と考えるのが好き。

今日あったことを思い返し、明日のこと、校舎のことを考えているとき人の気配が。
あれこれと考えているうちに、他の人も入ってきた。

どんな人だろうか、大学生かな(深夜に多い)?と、さっと振り返ってみると、
そこには、記憶のある顔が。
『えっ?』
心の中で叫びながら、思わず二度見。

それは、岡崎先生だった。

『あー、阿部君か、お疲れ様。こんなとこで会うとはねぇ』
岡崎先生は、腰を痛めたらしく、ここでマッサージをしてもらい、
そして、ついでにお風呂に来ていたらしい。
『ここのマッサージはいいよ』と。
昔、腰痛だった自分に薦めてくれた。

体を休ませながら、色々考えれる時間が好き。

1月に入り、本格的な寒さ、そして、入試も近づいてきた。
また、この季節が来た。
僕にとって、豊田でのはじめて送り出す生徒たち。

ミズヤ・タイチ・アヤカ・アサキ・リョウ・マキコ・サオリ・カッチャン・ウメチャン・カメダ・
チハラ・マアヤ・ユカコ・ハルナ・マユ・タクミ・ゲンキ・イッセイ・ヨシミ・ケンジ・エイチ・
ダイスケ・リホ・ヨシコ・ヒカリ・オオクボ・コウヘイ・ヒラノ・アユナ・タクミ・コウタ・トモフミ・
ユウ・イクマ・セイヤ・ミサ・カワグチ・ヨシダ・アオキ・タカコ・ミナミ・ワカナ・マユ・アンナ・
アサミ・ヒトミ・ナカネ・ラーメンマン(イリヤマ)・アリムラ・ミネ・ハルナ・ミヤシタ・チーサン・
ユカコ・ユウリ・ナカノウチ・アリサ・ユウカ・マミ・シュン・オダ・キド・ヤマガタ・ダンジョウ・
タクマ・ヤマシタ・ダイキ・・・。

今まで、みんなが頑張ってきたことを湯船につかり、思い出しながら、
また、頑張ろうと自分に言い聞かせる。

お風呂の湯気が、寒い空に白くはっきりと浮かび上がる。
この寒さが、少し和らぐ頃に、みんなが暖かい笑顔で溢れればいいなぁ。
あと少し、一緒に頑張ろうね。


家に帰りベットに横たってパソコンを開こうと体を起こしたときに
突然、腰に激痛が走った。

“ピーブー”

ケンシロウが秘孔をついた時のような音がなった(ような感覚だった)。
腰痛再発。
『そうだ、マッサージに行こう』



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