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七月の半ば、大学のときの友達に会った。
二年半ぶりの再会だった。
大学四年の二月、僕はひっそりと京都を出て、豊橋に来た。
親しくしていた数少ない友人たちにさえ、何ひとつ告げることなく。
四年前、故郷の町を出たときと同じように。
逃げ出すように。
引っ越しの荷物を積んだ、父親の運転する巨大な車の助手席から窓の外を眺めて、結局、俺は十九のときと何も変わらないことを繰り返してるんだな、と思った。
誰にもさよならを言わず、ただ、消えていくだけ。
そういう人間から抜け出せたつもりでいたから、少しだけ悲しかった。
豊橋駅に現れた彼は、相変わらず、この世のものとは思えない異様なファッションを身にまとい、相変わらず、爆笑したいのをこらえているような、それでいてどこか無理をして笑っているような、謎すぎる微笑を浮かべていた。
前の日にも会ったような感じで、僕たちは挨拶を交わした。
それから浜松まで車を飛ばして、二人でウナギを食べて、どうでもいいようなことだけを話して、君はただ、帰っていった。
また明日も会えるような感じで。
二十三の頃。
話すべきことをひとつも話さず逃げ出して、二年間、君のことをこの世に存在しないかのように扱ってきた男を、君はどうして許せたんだろう。
僕の事情を知っていたからだろうか。
君が結局優しすぎるからだろうか。
友達だから、みたいな安い言い方はしたくないんだ。
それで片づくようなものじゃない。
それを言うなら、友達だからこそ、僕はあんなふうに消えてしまうべきじゃなかった。
「いつか」っていうのは大人が使うずるい言葉だ。
「いつか会おう」って言って、会ったりしないんだ。そんなふうに言うときに、大人はもう、何となくわかってるんだ、「会えないだろうな」って。そしてもしかしたら、何となく感じてるんだ、その「いつか」が、大して切実でもないことを。
あの頃、僕たちはどうだった?
いつか、なんてものは信じていなかったよね。
明日か、次の金曜か、来週の土曜か。
僕たちはそういうふうにして生きていた。
変わっていったものがたくさんあるね。
お互いの髪の色も、君が吸う煙草の種類も、微笑み合う相手も、幸せとかいう言葉の定義も。
本当に、色んなものが消えてしまったね。
それらを思い浮かべると、僕はあまりのことに吐きそうになる。
それでも、今年の一月、僕がこれ以上はちょっと無理だというくらいの切実さで投げた「いつか」を、僕たちは変えたね、七月十二日という現実に。
九割がた、君の力だけどさ。
僕はそれが少しだけ悔しかった。
覚えていたいのは、トンネルを抜けて見えた海のきらめきと、一度も振り向かずに駅の中に消えた君の後ろ姿と、僕たちが「いつか」をつかみとったという事実。
だから、別れ際にもう一度、君に投げた。
恐れることなど何もない。
信じる以外に何もない。
サムデイ。 |