|
数日前、
「転んだ拍子に足を悪くして、うまく動けないんだって。おじいちゃんもあまり動けないから、昨日家に行って、いろいろとやりやすいようにしてきたの。大変だったー。」
「そっか、大変だね。」
そして土曜日、
「足が悪くなったのは転んだからじゃなかったみたい。脳に腫瘍が見つかって、月曜に手術するの。どうなるかはちょっと分からないけど、とりあえず病院行ってくるね…。」
「そっか。」
でも、きっとまた会えるよな。
自分がよく覚えているのは小学生の夏休み。
毎年お盆はおじいちゃんの家で過ごすのが恒例だった。
僕はおじいちゃんが大好きで、泊まりに行くと必ずおじいちゃんの布団に潜り込み、毎晩戦争の話をしてもらっていた。
自分にとっては未知の世界。毎年、毎晩いっぱい話を聞かせてもらっていた。何回聞いても飽きることはなかった。
そしてもう一つの恒例が、おじいちゃんの家の近くの公園で行われる盆踊り。いっぱいの夜店が出て、本当に楽しみな行事だった。
従兄弟と子供たちだけで出かけたり、おじいちゃんたちと出かけたり。
その日はおじいちゃんたちと大勢で盆踊りに出かけていた。
人気者のおじいちゃんの両手はふさがっており、
「あーぁ、僕も手をつなぎたいな。」
なんて思っていた時に、ふと手が差し伸べられた。
おばあちゃんの手だ。
僕は決しておばあちゃんが嫌いなわけではなかったが、おじいちゃんと手をつなぎたかったため、しぶしぶ手をつないで歩いていたような気がする。子供ながらに気を使い、決して表情には出さないように。
あれから20年以上。昔は年に3回4回と行っていたあの場所にも、今では年に2回ぐらいかな。それでも毎年顔を見せるようにはしている。
あなたがいなくなっても、きっと僕の日常は変わらないだろう。
これからも、毎日笑って、怒って、普段と変わらない日々を過ごすのだろう。
でもな…。
なんか、本当は当たり前のことなんだけど、ふと永遠のもののように考えていた気がする。
あなたがそこいることも、
自分がここにいることも、
これからの日々が続くことも。
いっぱいおいしいご飯作ってくれたな。
いっぱい笑ってくれたな。
いっぱい褒めてくれたな。
すごく大切な存在だったな。
当たり前ではないたくさんのものをくれていた。
もっと、いっぱい感じて生きていかないといけないな、そう感じさせてくれた。
ありがとう、おばあちゃん。
今いる環境を、今いる人たちを、もっともっと感じて生きていきます。
今日母からメールが届いた。
「手術は成功したよ。意識もはっきりしていて話もできたよ。何より術後生きていて嬉しそうだった。」と。
今度の連休に会いにいくよ。また会えるね。 |