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山口章の結婚 2007年07月19日 
箸本‘husky’竜也 

一昨日の夜、古い友人から「入籍した」というメールが届いた。

 

 山口章に僕が出会ったのは、実に二十年も前のことだ。当時僕たちはまだ幼稚園児だった。

 同じ小学校、同じ中学校。

今でもはっきり覚えているのは、中二のとき。場所は理科室だった。当時、僕たちは仲が悪く――というか、僕が一方的に嫌っていた――彼の言った些細なことにやたら腹を立てた僕は、「お前のそういうところがムカつくんだよ。だからお前が嫌いなんだよ」と言ったのだった。山口は、「悪かった」という気持ちと「なるほど、納得できたよ」という気持ちが混ざったみたいな変な顔で「ごめん」と言った。

ひどい奴だ俺。でも、言ってよかった。それから、友達になった。

 僕は市外の高校に通うようになり、中学の友人たちとの付き合いは途切れた。山口とも、高二の夏を最後に会わなくなった。

 再会したのは、僕が高校を出て、一年浪人していたとき。予備校に行く初日、電車の中で、奴は僕の正面に座っていた。山口はこちらを見ているのに、僕を旧友だと気づいていないようだった。馬鹿かお前はとも思ったが、すさんだ高校生活の中で、僕の顔はずいぶん変わっていた(写真を見るとわかる)。僕は「いい加減に気づけよ」という顔で山口に笑いかけ、あのタコは「箸本!?」と言った。

 浪人の一年間は、高校の三年間よりずっと楽しかった。僕が高校を嫌いだったこともあるが、山口がいたことも大きかったと思う。

 僕は京都の大学に行き、彼は千葉の大学に進んだ。

大学の夏休み、実家に帰ったときなんかは、ときどき会った。八月は僕の誕生日で、あの几帳面な男は、常に何箱かの煙草を「プレゼント」とほざいて置いていった。

 僕は豊橋で塾講師になり、彼は一年遅れて福岡で不動産の仕事に就いた。大学を一年留年したのだ。阿呆が。

 最後に電話があったのは、僕が大学を卒業する少し前だ。あのときは、何てタイミングで電話して来る奴だ、と思ったものだった。あのとき、本当はどうしても山口に話さなくてはいけないことがあったのに、言えなかった。

 いまだに、言えていない。

 

 授業後、メールに気づいた僕はすぐに電話をかけて、ひどい言葉で山口をののしった。彼が口を開く隙さえ与えない激しさで。

「馬鹿、十日もたってから報告してくるなんて何考えてんだこのタコ、水臭いんだよ、俺を誰だと思ってんだ阿呆、くたばれ、このクソったれが」

 山口はずっと笑っていた。僕が全然怒ってないのなんかバレバレだった。そりゃ十年も付き合ってるんだから。僕はただ、山口の前で泣きたくなかっただけだ。

「ったくこのボケが。お前は最低だ。よかったじゃねえか」

 駄目だった。そこまで言って、胸がつまった。

 色々思い出した。あの男と過ごした多すぎる場面のことを。かつて僕が、恐ろしく幼稚で、傲慢で、それでも山口が僕から離れていかなかった頃のことを。一人になりたくて、それが強さだと信じて疑わなくて、でも、山口だけは傍にいても別によかった、そんな時代のことを。

 

 別に結婚は万能ではないが、こいつが結婚するのかと思うと、何かよくわからないけど嬉しくて、何かしら素晴らしい言葉を贈りたくて、でも、どうしても浮かんでこなくて。結局僕は、誰にでも言えるような、面白くも何ともない言葉を、ひとつだけ、贈った。

 

 山口、お前が福岡で不動産の仕事をすることになった、と連絡してきたとき、僕はとても不思議な気持ちになったよ。うまく言えないが、僕たちの人生は動いているんだな、と思った。

 お前がいなかったら俺の人生は変わってた、とか言わない。お前にそんなことは言ってやらない。仮にお前がいなくても、僕はやはり、京都の大学に行き、豊橋で塾講師になっていただろう。

 それでも、山口、お前がいてくれたおかげで、僕は本当に、本当に楽しかった。君がいなかったなら、僕の十代は、もっともっと寒いものになっていたと思う。

 

 山口と結婚する誰かさん、僕はあなたに会ったことはないし、名前すら知らないが、なかなかいい選択だと思います。大事にしてやってください。あの男は、けっこうタコなところもあるけれど、本当に……いい奴だ。僕は「いい奴」という言葉が嫌いです。そんなのヘタをすれば誰にでも当てはまってしまう言葉だから。それでも、敢えて言います、あいつはいい奴です。だって、こんな男と十年も友達でいてくれたんだから。

 

 三本木校からの帰り、何が何だかわからないままに、僕は車の中で唐突に激しく泣いた。

 カー・ステレオからジョン・デンバーの「テイク・ミー・ホーム、カントリー・ローズ」が流れていた。思えば、山口章という男は、家族を除けば……僕と故郷とを繋ぐ、最後の線なのだった。

 

 山口、あのとき、大したこと言ってやれなくて、ごめん。お前にはさんざん偉そうなこと言ってきたのに、お前としてもたぶん、箸本らしいキザな台詞をちょっと期待してたと思うのに、いざってときに何も出てこなくて、ごめん。僕はそれが少し悔しかった。

 部屋に戻ってから、一人で飲んで(お前はどうせ酒飲めないだろ)、色々考えたけど、無理だった。あれが僕の精一杯だ。だから、一応、もう一度。

「お幸せに」。

 

 山口、俺が幸せかどうかなんて考えるな。それはお前の本当にいいところで、でも、駄目なところだ。自分のことだけを考えろ。

 僕にはよくわからない。いつか、お前の知らない場所で、お前の知らないやり方で、幸せになるかもしれない。でもそんなことは、今のお前が考えるべきことじゃないんだよ。

 

 山口、君がいてくれて、よかった。

 

 幸せにな。

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