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川内三丁目の幽霊 2007年07月12日 
箸本‘husky’竜也 

 一度だけ、幽霊を見たことがある。

 

 僕は二十歳で、京都の大学生だった。長い夏休み、ちょうど今頃だったと思う。故郷の町の祭りが見たくて、群馬の実家に帰った。

 僕が育った桐生という町の隣に、大間々という小さな町があって、桐生祭りの少し前に、大間々でも祭りがある。どうせなら大間々祭りも見て帰ろうということで、僕は自転車で出かけていった。

 

 ひとつだけ、通りたくない場所があった。桐生から大間々祭りへの最短ルートには、高津戸橋という橋が架かっている。そこはちょっと有名な自殺の名所で、よくない噂もゴロゴロしていた。僕の中学のときの友達が、野球の試合の帰りに高津戸橋を通って、どこか普通じゃない雰囲気の女の人とすれ違い、「今振り返っていなかったら怖いよな」と言って振り返ったら本当に姿が消えていた、というやたらリアルな(どう考えても作り話で人をからかうような友達じゃなかった)怪談も聞いていた。

 だから、いったん南へ出て、橋を迂回する。大した遠回りでもなかった。

 

 故郷の祭りというのはいいものだ。

 僕は四年間京都で過ごして、いくつか大きな祭りを見たけれど、はっきり言って全く気持ちが動かなかった。よくも悪くも、祭りというのはヨソモノのためのものではないのだ。観光客のための祭りは、単なるイベントだ。その町で生まれ、その町で生きている人々のための祭りには、何というか、どうしようもない切実さがある。心の底から、人々がそれを求めているのがわかる。そういう切実さに、僕はひどく惹かれる。

 

 別に美味しくも何ともないたこ焼きを食べて、酒屋の前で氷水につけて売られていたビールを飲んで、太鼓のリズムに酔っ払って、祭りばやしが終わる頃、祭りの後にいつも感じる小さな胸の痛みを抱えて、僕はゆったりと自転車をこいだ。

 夏が終わっていく気がして、故郷が少しずつ遠ざかる気がして、自分だけが取り残されてゆくような、悲しい予感がした。

気がつくと、目の前に暗い水の流れが見えていた。

 時刻は十一時をまわった頃だったと思う。

高津戸橋。

 僕は忘れていたのだ。

 

 僕はほとんど迷わず耳にイヤホンを突っ込んで、MDウォークマン(アイポッドみたいなものは当時まだ普及していなかった)のスイッチを入れた。何を聴いていたのか全然覚えていない。

 渡ってしまおう、と思った。二十にもなった男が自殺の名所にびびって来た道を引き返すなんて、あまりに馬鹿らしい。

「絶対に振り返るな」。

 僕はそのことだけを自分に言い聞かせた。

 何が聞こえても、何とすれ違っても、絶対に振り向いちゃ駄目だ。

 

 結論から言えば、何も見なかった。何も聞かなかった。

 橋を渡ってしばらく走った頃、何だよ、と僕は思った。こんなもんさ。そう簡単に幽霊なんて見てたまるか。

 家まであと五分くらいのところまで来たとき。

 

 いまだに、自分がどうしてあんなことをしたのかわからない。

 どう考えても、そういうふうに決まっていた、としか思えない。

 強烈なものと出会うとき、それが恋人でも景色でもいい、そういうときには、自分が何かとんでもないものに巻き込まれそうになるようなプレッシャーのような、わけのわからない感覚に捕われることがある。それは一瞬のもので、次の瞬間には消えていたりする。刹那の感覚。周りの景色がぐらつくような、異様な感覚。

 

 MDから流れていたヴォーカルが、スローになってフェード・アウトした。

 電池が切れたのだ。今思えば、あれはそういうタイミングだったのだろう。

 僕は、不意に、左を向いた。

 なぜか。

 それがどうしてもわからない。ただ、僕は左を向いたのだ。

 視線の先に、老婆が座っていた。

 

 そこは古ぼけた小さな……お年寄りが生活するための施設だった。

 建物の電気は完全に消えていて、外灯が一本だけ立っていた。その光に照らされて、老婆の姿は浮かび上がるようにそこにあった。

 そのときは、幽霊、とは思わなかった。

 だが、老婆の顔を見た瞬間、何かとんでもないものを見てしまったという恐怖で、心臓が数秒止まり、背中の毛が逆立つのがわかった。

 彼女は笑っていた。それは、僕がそれまで一度も見たことがない種類の笑い方だった。

 細められて目尻がわずかに下がった目、ほとんど真横に開いて、両端だけがきゅーと上に引っ張られたような形に歪んだ口。その目も、口も、中は真っ黒だった。というより、「中身」が何もなかった。それは厳密には目でも口でもなく、顔に開いた単なる穴だった。その空っぽの穴は、確実に正面から僕と向き合っていた。でも、妙な感じだけれど、彼女は僕を見てはいなかった。老婆の表情は固まっていたのだ。あり得ない笑い方だった。彼女は僕がそこを通る前からずっと笑っていて、僕が通り過ぎた後もずっと笑っているのだ。そういう気がした。

 彼女の姿は3Dの映像のようだった。赤と青の眼鏡をかけないと立体的に見えないような、そこにあるようでないような。彼女はずっとずっとそこにい続けるのだ、と僕は思った。誰にもその姿を見られることのないまま。でも、僕は見た。

 通り過ぎる一瞬の間に、その全てが頭をよぎった。それは本当にわずかな時間で、でも、歪められて引き延ばされた、長すぎる一瞬だった。

 

 だから振り返るなと言ったんだ。

 僕はひどい後悔をしながら家まで走り続け、両親に土産のたこ焼きを投げ出すと、そのまま二階の部屋に上がって布団にもぐりこんだ。ただひとつのことだけが、頭から離れなかった。

 あんなところに老婆が座っているわけがない。

 いていいはずがない。

 いるはずがないんだ。

 

 その夜、老婆が夢に現れた。

 夢は夢だ。だから、ここから先は怪談じゃない。

 それほど怖い夢ではなかった。ただ、お婆さんが出てくるだけだ。周りの景色は何も覚えていない。真っ暗だったのか、花が咲いていたのか、全然覚えていない。

 彼女は、僕に向かって、ただひとつの言葉だけを呟き続けていた。少しも表情を動かさないまま。

「許しておくれ」

「許しておくれ」

「許しておくれ」

 そんなことを言われても、何を許せばいいのか、僕にはまるでわからなかった。

 

 あれからずいぶんたった。

 僕は京都を離れて豊橋で暮らすようになり、実家には一年のうちで一週間くらいしか帰らない。夜中に自転車に乗ることもなくなったし、MDウォークマンはもう使わない。大間々の祭りには、あれ以来、一度も行っていない。だいたい、大間々という町の名前も、今では消えてしまった。祭りがどんな名前で行われているのか、あるいはそもそも祭りが行われているのかも、僕は知らない。そのこと自体は別に悲しくはない。ある意味では故郷を捨てた人間が、そんなことで悲しむべきじゃない。

 それでもいまだに、二十の頃と同じ夢を見る。ときどき。

 夢の中で彼女は、あのときのまま、真っ暗な目と口のまま、僕に同じことを言い続ける。

「許しておくれ」。

 

 そんな夢を、四年間見続けてきた。

 僕はもうすぐ二十五になろうとしていて、いまだに、彼女の言いたいことがわからないのだった。

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