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2007年04月25日 
高久 勝弘 

ここ最近、自分にあった服装を追い求めとる。

基本線はカジュアルなんだけど、裏原も少し取り入れたら面白いなぁ…

と思って立体裁断のスキニーのジーンズを買いました

何年か前に出たシリーズの最新版。

ザックリ感がたまらない。

新しいTシャツもほしいなぁ

 

こんな風に話しとるけど、ファッション雑誌はほとんど読まない。

それじゃあただの真似になるから。

確かに雑誌の人はカッコイイと思う。

でも、それはその人が完成させたものだからカッコイイ。

自分に合うように考え抜いたものだから。

それに流されたくはない。

 

流行も追わない。

流行を追い求めることは自分にとっては価値がない。

第一、流行って誰が作るのさ?

なんか踊らされている気がしてならない。

ちょっと前トレンチが流行したとき、街中がトレンチだらけだった。

不安なのかは知らんが、みんなして同じで何が良いのか、

全くわからんかった。

 

服装で自分をアピールするんなら考えなさい。

お姉だろうが、B系だろうが、アピールするところはたくさんある。

そこを考えられるかどうかが大事。

そう思ってしまう。

 

自分の格好は周りにはあまりいない。

カバンなんて持ってる人を見たことがない。

でもそれが良い。

 

どんなことだろうが、

どんな分野だろうが、

軸がしっかりしたら個性が出るだろう。

 

それが「我」

これからも自分は我を貫く。



最強 2007年04月24日 
小宮 卓也 

最近時計をなくした。なくなった場所はわかっている。遠くもない。
だけど、いまだにとりにいっていない。
ある日思った。
『何万かやるからとりにいって』と誰かに頼まれたらどうする?って。
とりに行こうという気持ちは高まった。
人は勝手に枠にはめこんで自分の行動を決めるときがある。
『俺がやるしかない、だから…』 『人にしょぼいと見られたくない、だから…』

そのとき思った。
感覚とは、理由がなく、また自分ではすぐに説明できない発想だと。
自分じゃ普通だと思ってきたことが、実は普通じゃなかったことなんてちょくちょくある。
当然の考えが、ときに当然じゃない。
これが感覚だ。

だから、何かと理由をつけて自分の行動を制御しすぎることは自分を壊す可能性があると思った。
また、すべて悪いというわけではないが、これが決定のほとんどを占めたらすごい人間にはなれないと思った。
だって、自分がしょぼい人間だから『すごい』と仮定して行動制限してるんでしょ?
『しょぼい』ことありきになってる。

人には感覚がある。
直感は一見何も考えていないように思われる。
確かに考えていないといえば、考えてない。
でも、俺から言わせれば、直感は自分の人生、自分の潜在能力のすべてを表す集大成だ。

カッコつけたがるから、行動前に理由を求めたがる。
最後は感覚、そう直感にみんなゆだねている。
恋愛がそう。
カッコつける場所じゃない。
そして、こんなんがタイプとか言うだけ言っといて、本当に好きになる人はぜんぜん違ったりする。
何で好きになったかは、付き合った後でようやくわかってくる。
『自分はこういうのを求めていたんだ』と。
理由は行動の後。
ここぞというときは、行動前に理由なんて要らない。

理詰めの行動は、枠が限られてる。
自分の今呼び起こすことのできる記憶だけで考えているんだから。

すべてを言葉で表すことができるようになれば、最強だろう。
自分の経験、感覚をすべて理詰めできたなら。
でも、それは無理だ。時が止まらない限り。

じゃあ、考えることは意味ないの?
そんなことはない。
感覚は不変ではない。
これからの人生によって大きく変わる。
先天性と後天性の最強タッグだ。
だから、行動後の理由がわかればわかるほど、感覚は研ぎ澄まされていく。
ちょっとわかったくらいで、理詰めに支配されちゃいかんけどね。
だから、いつも感覚は持ち合せる必要がある。

感覚は最強である。俺はそう思う。

俺の文章は、誰に向けて書いとんのかね?

 



決断力 2007年04月22日 
小宮 卓也 

ジャンケンをする。いろいろ考えた。
『パーにしよかな』 『グーにしよかな』 『いや、チョキかもしれん』
パーを出した。負けた。グーを出しときゃ勝ってた。

『グーも考えとったんやけどなー』っていうやつ。
そういうやつはたくさんいる。誰でも3通りくらい考えるっちゅーの。考えたのはお前だけじゃないわ、あほ。
ひどいかもしれないが、そう思ってしまう。

ジャンケンだけじゃない。みんな同じ選択肢なのに、勝ち負けが決まることなんて日常にあふれてる。
俺は賭け事が大好きだ。競馬もそう。何通りもみんなに平等に用意されてて、必ず勝ちは存在する。

勝ったり負けたりする。その中で決めていることがある。
『負けたときは、言い訳こかずに分析する。』

当たりは考えれた。みんな同じ。だから、悪いのは自分の決断力。
勝負の前に何考えてたなんてどうでもいい。その中から勝利をもたらす決断力こそが大事。

全部ではないが、ビジネスでもそうだ。
フィールドは用意されてる。塾講師、料理屋、ラーメン屋など。
そのフィールドの中で勝っている人たちは、新しい発想をした人たちばっかなのか。
ほとんどいないだろう。
みんなが知ってる知識の中で、配合、物の選択を変えて成功した人がほとんどだ。

発明はいらない。
それより、今もっている知識で何を選択していくのか。
そっちの方が勝利への近道だ。
毎日おこる小さな出来事の中で、自分は何を選んでいくのか。
あいまいな答えは要らない。はっきりと決める。
また、みんなが『決断の場所だ』と気づかない所も見逃さずに決めていく。
負けたら、負けた理由を考える。言い訳こいて、過去の自分を肯定してる場合じゃない。
見るのは未来だ。
未来の成功への決断力をつけるしかない。

天才は一握りだ。そいつらだけがすごいわけじゃない。
平凡でもすごい人はいくらでもいる。
決断力。
その差だろう。

今1番欲しい。欲しくてたまらん。俺は身に付けてやる。

※代表、言ってたやつとはちゃいますよ。また今度。

 



後悔先にたたず 2007年04月19日 
長神 智康 

悔やんでも仕方のないことはあまり引きずらない性格だと自分では思っている。

そんな僕も先日、ちょっと、いや、だいぶへこむことがあった。
パソコンが壊れてしまった。修理を依頼したが、ハードディスクが壊れています、との回答。

板倉先生と会話していたのを思い出した、「今のパソコンが壊れたら新しいのを買いたいなあ、TVも見れてDVD録画のできるやつが。」冗談ぽく会話していたけど、ほんとに壊れると問題がいくつかあった。

その1つ、痛かったのは写真データが全滅したこと。
一人であちこち旅した風景も
過去愛した車たちも
海外旅行の写真も
君と行ったディズニーシーも
そして、生徒と撮った写真も 仮装大会も・・・

正直、金で買えるなら出せる限り出してもいい、それくらい自分にとっては宝物の1つだった。
記憶は、頭の中に今後も残っていくけどねえ・・・。

あ~あ・・・まあしょうがないか、だって後悔してもはじまらないし。
ということで、後悔するのは今日までにして、寝て明日からまた普通に生活します。

で、こんなことが言いたいんじゃなくて、言いたいのは、皆さんもデータの管理は気をつけた方がいいですよ、ということ。ウィルスの感染などでいつパソコンが壊れ、データが失われるかわからないんで。
僕ができることは後悔ではなく、同じ後悔を他の人にさせないことくらい。

CDなどにバックアップをとっておくことをおすすめします。



laugh or smile 2007年04月17日 
高久 勝弘 

「常に笑っていたい」

こんなことをたまに思う。ぶすっとした日常より、笑いがある日常のほうがずっと楽しいから。でも、「笑い」ってものはひとくくりに出来るものじゃない。爆笑だって「笑い」だし、失笑や苦笑も「笑い」。同じ漢字を使っているのに意味は全然違う。楽しいから・嬉しいから笑うばかりじゃないんだよね。じゃあ一体どんな笑いをしていたいのか。

それは「smile」です

面白いコントを観たり、楽しいことをやって笑うことはすごく大事。自分よく笑い泣きする。この前はアスパラ探しゲームで笑い泣き。笑いすぎて立てんくなったでも、これは「laugh」で「smile」じゃないんだな。自分の中では、「laugh」=「楽しみ」で、「smile」=「喜び」。全く違うもの。ただ、「laugh」も大事。これが無かったら人生なんてものは味気ないものになってしまうだろう。じゃあ何で「smile」のほうが大事なのか。

それは心の満たされ度が違うから。「laugh」は心の開放につながっていて、「smile」は心の充実につながっているから。充実された心のほうが心の開放はずっと大きくなる。「smile」はすべての笑いの原点になる。が、これが意外と難しい。

季節のにおいを感じること

友達に恋人が出来たこと

出来ることが増えた瞬間に立ち会えたこと

「smile」な人に出会えたこと

こういうことに喜びを感じながら日々を過ごす。これが一番の「笑い」なんだろう。いつもいつも「smile」な時間を少しでも増やしていきたい。



僕のリリー 2007年04月16日 
箸本‘husky’竜也 

 リリーというのは最近できた僕のイギリス人の恋人、などではなく(そんなものできるわけないじゃないか)、愛車の日産ティーダに僕が勝手につけた名前である。

 

 僕はかなり「モノ」に対する愛着を持ってしまうほうだと思う。

 だから、捨てられない。部屋を見渡して見ると、あまりにもモノが多すぎる。たぶん、本当は捨てるべきであるはずのモノが多すぎる。もう使わないよな、もう要らないよな、もう持ってるべきじゃないよな、と思いつつ、「でもなあ……」と考えてしまう。

 

 それはたぶん、記憶、に関係する問題なんだろう。ある一つのモノの向こうに、自分がどんな光景を見ているか、誰の顔を見ているか、ということなんだろう。

 

 昔の人は、自然物だけではなく、全てのモノ、人工物にも魂が宿ると考えた。だから、人形の髪の毛が伸びるとか、傘が化けるとか、呪われた屋敷とかいうストーリーが生まれる。

 僕はそこまで極端じゃないけれど、年月を重ねるにつれて、モノは記憶や想いとの結びつきを深くしてゆく。

 

 高校時代に使っていたラケット。二度とあんなサーブは打てないな。

 十九年間を過ごした僕の家。僕の帰るべき「家」は今のところあの場所しかない。

 八年間も着続けているコート。ずいぶん古ぼけてしまったけれど、こいつを着てどれだけ最悪の冬を乗りきってきたか。何度も。

 五年近く使い続けているジッポー。どんな場所にいても、どんな気持ちでいても、僕はこのライターで火を灯し続けてきた。それはときには、自分を温める最後の手段だったり。

 

 モノに縛られた感性は寂しい。

 しかし、モノをただのモノとして突っ放すだけの感性も、それに負けず劣らず寂しいんじゃないかと僕は思う。

 

 僕のリリー。

 無茶な運転にも、よく付き合ってくれてる。

 寒々しい気分のときほど、耐えられなくなりそうなときほど、僕は君に乗り込んで、夜の街をあてもなく走ってきた。

 

 モノはただのモノだ。でも、それだけじゃない。

もうすぐ完成のテキストを手にとって、ぱらぱらとめくってみれば、わかる。

真夜中、一人きりで、誰も座っていない机と椅子の前に立ってみれば、わかる。

 黒板、チョーク、机、椅子、テキスト。

 それが僕たちの一部。

 全てがただのモノでしかないなら、ここに立つ僕たちは寒すぎる。

 

 ごめんよ、リリー。

 最近は洗車もしてないし、助手席には買ったCDとか煙草の空き箱とか頭痛薬とか置きっぱなしでぐちゃぐちゃだけど、ちゃんと綺麗にするから。

 今度の週末、京都にでも行こう。二人で。



休日 2007年04月14日 
増田 典之 

入試も終わって、なんかやっと気持ちが落ち着いてきました。
きょうはのんびりしようと心に決めて、昼過ぎまでうだうだとし、そのあと、洗濯やら掃除やらしていたらこんな時間に。
結局、休みの日って特別やることないんだよね・・・。

でも、とても大切な日だと思う。
車を走らせていても、仕事のときと休みの時とでは、同じ道を走っていても風景が変わる。
同じ温度でも、空気が違う。
好きな音楽かけて、買い物行くだけで、『おぉ、なんか休みを満喫している♪』という気持ちになってくる。

この一週間、いろいろな校舎で卒業生が遊びに来てくれた。
すでに部活に参加している子達は、今日も元気に汗を流しているのだろう。
新しい環境で、今までとは違う空気を感じながら。
受験前には考えられないほど、ゆっくりとした時間を過ごしている子達もいるだろう。
卒業生たちとのんびり話をしていると、受験がすごく前の出来事に感じられるときがある。

「○組にかっこいい人がおった
「やっぱり部活は楽しいわ♪」
「昨日、○○君みたよ。彼女と歩いてた!」
「○○ちゃんと友達になったよ。」
うちのクラス、開拓生いっぱいいたよ♪
「先生、全然かわっとらんやん。

一生懸命だった過去があるから、のんびりした時間をうれしく・心地よく感じられる。
今日は、のんびりをうれしく感じる日。
今からCDでも買いに行って、スーパー行って食材買って、家に帰って買ったCDを流しながらご飯でも作って、あとすこし、この時間を楽しみたいと思います。



・・・と思ったら、携帯がなって「ご飯でも食べに行こう。」とお誘いがあったので、行ってきます。(笑)



ハバタク 2007年04月11日 
阿部 真一郎 

4月8日の夕方。
スポーツクラブのサウナで汗を流しながら、備え付けのTVを見ていた。

水泳、全日本選手権
そこに彼女はいた。

僕は、大学の4年間、スイミングスクールのコーチをしていた。
下は3歳から上はおじいちゃん、おばあちゃんまで。
『選手コース』の子たちも教えていた。

同じスイミングに彼女はいた。
当時から、速く、周りに敵なし。
県はもちろん、全国でもその頃から結果を残していた。


しかし、将来有望という声がある反面、これ以上伸びないのでは、という声もあった。
自分は、そんなことはよくわからんかった。
本人次第だと思ったし、偉そうな事いえる立場ではないと思っていたから。
しかし、すごい選手になってほしい。自分の近くから有名な選手が出て欲しいとは思っていた。


そして、TVの向こうのの彼女は・・・。
彼女の顔がアップになって、気合のガッツポーズ。
僕も胸が熱くなった。

彼女とそれほどの知り合いではない。
当時も、しょうもない話を交わすくらい。教えたことなんてあまりない。
でも、自分とかかわった人間がこんなにも有名になって・・・。
本当に、うれしかった。


生徒たちにその姿を映した。

あどけない顔をしている君たちが、
遠くない未来、夢を追いかけて。

そして、花開いてくれたら、最高にうれしいなぁって。


 



My favorite 2007年04月09日 
長神 智康 
昨年11月以来『長神の意外な趣味シリーズ』を更新していなかったので久しぶりに。
 
①ギャンブル
 一方では、「悪いもの」と思われがちだけど、上手に付き合えば楽しいものだと思う(自分の都合のいいように解釈してますが…)。負ける時ももちろんあるけど、勝った時の快感は何とも言えない。
 最近ではゲームセンターに吉宗や番長があって、生徒と話をしたことがあるが、ちょっと複雑。。。
 まあ、いい(?)気分転換です。
 
②ドライブ
 う~ん、もしかしたら1人のドライブの方が好きなのかも。同乗者に気を遣わずにスピードが出せるから。走り屋とかではないけど、ぶっ飛ばすのは好き。
 海・山問わず自然の中に行くのも好きです。
 これこそ!いい気分転換になってます。
 
③一人旅 
 寂しい人だ、と思うかもしれないけど、案外楽しいものです。独りは独りの良さがあるよ。理解者は少ないだろうけど。歴史的な建造物や、壮大な風景、といったものを自分のペースで見れるのがいいんだって。
 もちろん複数でも旅は行くし、嫌いってわけじゃないよ。
 時間があれば旅に出たい。
 
④L'Arc~en~Ciel
 かっこよすぎ。めちゃくちゃかっこいい。曲が。
 生徒の中で何人か共感できる人がいて、ついつい話しこんでしまう。
好きになったきっかけは、大学1年の冬に失恋した時に先輩から貸してもらったCDが始まり。「True」というアルバムの「I Wish」という曲は、ラルク唯一?のクリスマスソング。12月にふられた私には効いた(><)。
 それはさておき、今年は全国ツアーがある。過去3回行ってて、今年ももちろん行きたい。チケットはまだないけど、金に糸目をつけずに意地でも手に入れる!!
 
ホントに個人的なことで申し訳ないです。ここまで読んでくれただけでも感謝します。


チャラ 2007年04月04日 
箸本‘husky’竜也 

 本当に、終わったんだなと。

 何だか凄い一年、というか一シーズン、だった。良くも悪くも。

 

 一つ何かを得ると、一つ何かを失う。

 これはもう、逃げようのない法則じゃないかな。

 お金を得ると飢えを失ったり、経験を積むと若さを失ったり、恋人ができると孤独を失ったり。色々。

 で、得るものと失うものを、いちいち天秤にかけてみたり、敢えて天秤を放り出したり、そんな余裕がなかったり、余裕のないふりをしてみたり、結局、選べないうちに結果だけ決まってしまっていたり。そんなこんなで、時間だけは確実に失っていて。日々。

 

 僕はときどきリストを作る。

 それはたとえば「この一週間ですべきこと」のリストだったり、「来月までには終わらせたいこと」のリストだったり、「いつか遂げたいこと」のリストだったりする。

 ここ何日か、この一年で自分が得たものと失ったもののリストを作ってみようか、と考えていた。昔読んだ小説に出てきたみたいに、ノートの真ん中に一本、線を引いて、左に得たものを、右に失ったものを書いてみる。そんなことをやってみようかと。

で、結局やめた。代わりに、僕は自分に一つだけ質問をした。

「この一年で得た全てで、失ったものの埋め合わせはつくのか?」

 

 一つ得ると、一つ失う。

 その鉄則にのっとって言えば、リストの右と左は同じ数にならなくてはいけないはずで。

 でも、違うな。

 たぶん僕は、いざリストを作り始めたら、「得たもの」の欄にばかり書き込みをしていってしまうだろう。この一年、書くに値するもの、覚えておくべきこと、そういうものを本当にたくさん得ることができたと思う。それに比べて、リストに載せておくべき喪失なんてのは、大した数じゃない。そういう意味じゃ、実に素敵な一年だった。そんなにないや、書かなくてはならない「失ったもの」なんて。

 それでも。

 

「この一年で得た全てで、失ったものの埋め合わせはつくのか?」

 

 答えは「ノー」だ。

 

 昔、あるロック・スターがこういうことを言っていた。

「俺は昔、家が貧しくて、遠足に満足な弁当を持っていくことができなくて、新聞紙に包んだコッペパンをひとつ持っていったら、みんなに同情されちまった。確かに今の俺には腐るほど金があるけど、あのときの弁当は、今どれだけ金を出しても食べることはできない」

 

 ときどき、取り返しのつくことなんか何ひとつないんじゃないかという気がする。

 何てことだ。恐ろしいね。でも、僕はそれを半ば信じてる。だって、取り返しのつくことばかりをやり続けられるのだったら、俺たちはいったい何だ?

 

 で、「ノー」。

「ノー」なんだけど、埋め合わせはつかないんだけど……。

 

 でも、チャラってことにしないか?

 どうよ俺。そういうことにしないか?

 

 君の満点で。

 君の握手で。

 君の涙で。

君の言葉で。

 君の弾いてくれたあの曲で。

 君の電話で。

 君の手紙で。

 君の笑顔で。

 僕たちの、笑顔で。

 それで、チャラってことに。

 

 終わった。

 本当に終わった。色々。

 でも、もう始めなくちゃいけないから。

 花吹雪が舞い、蝉たちが泣き叫び、落ち葉が積もり、熊たちが眠りにつき、そんなふうに、季節が巡るように、始まりは理由も理屈もなくやって来て、生きている限り、僕にそれを拒むことはできない。

始まりから逃げられないなら、せめて始まりを選び取ろう。そうでなければ、ただただ流されてゆくしか道がなくなる。

 

 たとえ埋め合わせはつかなくとも、永遠につかないままでも。

いつまでもここにいるわけにはいかないや。

 

 だから、そういうことにしないか。

 始めるために。

チャラってことに。



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