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それしか言えないや 2007年03月25日 
箸本‘husky’竜也 

昨日は電話ありがとう。そして、おめでとう。

君と話した後で、ゆっくりとフラッシュバックがやって来た。ゆっくりだったらフラッシュバックって言わないのか?でもその、スローモーションの映画みたいにくるくる回る思い出は、何だか君にぴったりだった。

 

君と最初にまともに話したのは、たぶん、四月かな。確か、学校の宿題で、自分の好きな音楽についての英作文を書かなくちゃいけないとかそんな感じで、なぜか国語の僕がなぜか社会の吉田先生と一緒に、君の作った日本語を英語に訳そうと苦闘していたんだった。僕は「Her voice makes me crazy.」って案を出したんじゃなかったっけ?

 

漢字テストは、ずっと満点。

一度だけ、九回目だったかな、たった一問のミス。でも君は、あとの三回を全て100点で締めくくった。表彰のとき、無茶苦茶にでかい変なスリッパをはいた君が、とことこ皆の前に出てきて、真っ赤になってたのをよく覚えてる。

 

君は不思議な子だった。別に悪い意味ではなくて。

何ていうか、とてもゆったりと生きているように見えたんだね。僕の目には。しつこいけど、全然、悪い意味じゃなくて。いつか言ったと思うけど、君の周りだけ、いつもゆっくりと時間が流れているような感じがしてて。僕はそれがちょっと不思議で、正直、君を見ているのがなかなか楽しかった。

 

秋期講座。僕が本校に入ったときに、貼り出された座席を見た君は「Hクラスだー」とイマイチ意味不明のコメントを残しに僕のところへやって来て、「だって実力ないもん。でも内申はある。ウフフフフ」と笑ってた。ウフフフフじゃねーよ、そんなことないって、と僕は言った。あれは正しかったと思ってる。君はただ、実力を出すのがあまりに下手くそだっただけで。でも、僕はそのことをまるでわかってなかった。今にして思えば、君のあの言葉は、けっこう切実なものだったんじゃないかという気がする。

あのとき、わかってあげられなくて、ごめんね。

 

二学期の期末テスト。他の教科がちょっと伸びなくて、でも、国語は学年で一桁の順位だったって、君は報告に来てくれた。嬉しかったな。

 

そして、最後の開拓模試。今なら笑えるけどさ、本当に滅茶苦茶な結果だったね。君の得点を見て、どうしても信じられなくて、データのミスなんじゃないかって疑って、でも、そうじゃなかった。国語も大失敗。それこそ出鱈目な失敗。君はもしかして本番に極端に弱いんじゃないかって、初めてそう思ったのが、あの模試だった。

次の月曜、君を事務室に呼んで、話を聞いた。案の定、君は本番にすごく臆病で、大変な苦手意識を持ってた。気づくの遅すぎだよ俺。阿呆か俺。ごめん。でも、あのとき正直に言ってくれて、本当に助かったわ。

 

国府一本。それが君の志望校になった。

怖がりなはずの君が選んだのは、敢えて、たった一度の勝負だった。

君は、ちょっと背中を丸めて、一人で僕のところへやって来て。

僕の大嫌いな冬が来ていて。

勝たせてやりたい、と思った。

 

色々あったね。

何か、すごくよく覚えてる。

 

「本番で取るための手紙」、少しは役に立ったか?あれに書いたこと、塾長直伝だから。

 

君が解いてきた自主プロを、授業の度に添削したこと。いつもしっかり出来ていて、実力があることはもう確定だった。あとは、それをどう出しきれるか、それだけで。

本当に、それだけで。

 

「びびってないかー」。

それが、いつの間にか、君に会うときの僕の挨拶になってた。君はいつだって、「まだ大丈夫」って。二月の講座に僕が入ったときだって、「ちゃんと勉強してるもんでびびってない」って。すごく、はっきりと。正直、あの言葉はちょっと君らしくなくて、力強くて、何か、よかったな。

 

最後の一つ前の通常授業の後、広い教室に一人で残って、国語のテストをやったね。本当のことを言うと、あのとき、僕は焦りまくってた。ここで取ってくれなかったらどうしようって。君のことを信じてて、でも、もし、もし君が失敗したときに、それを圧倒できる勇気を与えられる自信がなかった。

でも、きちんと取ったね。つまらないミスも一つあったけど、取るべき問題を取りきった。君は「よかった」って。でも、本当にそう言いたかったのは僕だった。

 

電話したのは、A日程の四日前だったかな。そのときは、妙に落ち着いて「大丈夫」って言ってたくせに、A日程の前日、入直で会った君は完全に固まってて、僕は慌ててメモ用紙に手紙を書いた。かなり必死で、何を書いたかほとんど覚えてないんだけど。

「本番なんて、ただの本番だよ。受かっておいで」。

君が、各教科、最低何点とればいいかはっきりわからないと不安だって言うから、二人でそれを決めたね。国語、君は「16点」と言って、でも、それだけは僕が無理矢理変えた。「駄目だ、17点だ」って。偶然というか何というか、君が本番でとったのは、まさしく、あのとき決めた得点だった。

 

A日程当日、国府高校。

他塾の先生たちや保護者の方が見守る中、ワイン・レッドのジャケットを着たブラッド・ピットのようなクールな風貌で(ごめん、ちょっと調子に乗らせてくれ)完全に浮いていた僕の姿を見つけて、「やったー」と曇りのない笑顔で駆け寄ってきた君のこと。本番に弱い子だなんて信じられないような、やわらかい、のんびりした笑顔で。

門をくぐってからも、振り返って手を振ってくれた君のこと。

 

君の後姿を見ながら、祈った。

普通にやれれば絶対受かるのに。

普通でよくて、100%でよくて、それ以上なんか要らないのに。

いや、たぶん、90%でもいいのに。

「本番なんて、ただの本番だよ」。

何度も君にそう言った。

でも、その「ただの本番」が、たぶん、君には何よりも重たかった。

それに、正直、僕にとっても。

何よりも、たったそれだけのことが、重かった。

 

実際に君が出せた実力は、どうだろう、80%くらい?

でも、それでよかったね。

それで、十分だった。

君の80%で、合格には十分だった。

実力がないなんて、そんなことないって。僕が正しかったでしょ?

 

よかった。

よかった。

本当に、よかった。

それしか、言えないや。

 

岡崎先生に聞いたんだ、昨日の電話、君は、名乗りもせずに僕の名前を呼んでくれたと。

「お礼言いたくて」って……ごめん、別に全然根拠はなくて、うまく言えないんだけど、君がそういうふうに言ってくれるとは思ってなくて、嬉しくて。あまりにも。

君は……まったく、君、君、っていうのは何かこう、しっくりこないね。

最後くらい名前を呼んでもいいよな。

ミキ、おめでとう。

一人きりで戦った放課後のテスト、

手を振ってくれたこと、

「先生受かった!」という電話の声。

僕はきっと、永く忘れないでしょう。ありがとう。ありがとう。

 

真夜中のフラッシュバックはつらいものだと相場が決まってる。

でも、今夜だけは。

何ていうか……温かいです。温かいや。

 

君が、君自身でつかんだ温かさを抱えて、ゆっくりと眠れることを、ちょっと願う。

おやすみ、ベイビー。

明日は僕たちのパーティーだから。

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