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俺は亀田を応援している。 2010年02月18日 
小宮 卓也 

亀田大毅が勝った。

たまたま休みの日で試合を見ていた。

最後のインタビューひさびさに泣きそうになった。



周りから批判され心傷つき、周りの味方してくれた人、家族の大切さを知り、ここまで来たんだろう。



亀田が嫌われているのは、詳しくは知らないが、相手への暴言、内藤戦での反則なのかな。



俺生きてきて反則なんて数々やってきたよ。

周りが注目していなかっただけで。

これはほとんどの人に当てはまると思う。



『世界戦での反則がだめ』という人もいるのかな。

十代でしょ?負けを知らなかったんでしょ?

世界戦だからあんな反則行為になったんだ。

しょうもない試合だったらやってなかったよ。

しかも、本人は無意識だったと思う。

ただ負けたくなくて、がむしゃらで。

人間的に未熟であるのに、兄弟そろって世界チャンピオンになっているくらいの努力をしてきたことの方がすごくないかな、世界戦で反則したことより、対戦相手をおちょくるより。



強ければ何やってもいい、そういっているわけではない。

反則を良いを言っているわけではない。

ただ、ここまで日本中から否定されるのはどうかと思う。



十代の失敗、そこにチャンスがあっても良い。

自分の人生で、失敗の後のチャンスがなかったら、生きていけてないよ。

しかも、たいした努力もしていない。



亀田は世界チャンピオンになるだけの努力をしてきた。

俺とは雲泥の差の努力を。

その人にチャンスがないのはどうして?

やっぱり、『世界戦で反則をやったからだめ』じゃなく、世界戦まで無敗でたどり着いたことがすごく、しかも次のチャンスをあげてほしいと思う。

反則による罰則は受けたのであるから、いいんじゃないのかな。



最近亀田家の1番下の子が手術をしたという記事がYAHOOにのっていた。

そこで一般人のコメントが『次手術するのは脳みそか?』というコメントがあった。

むかついた、顔も知らないバカに。

亀田の暴言は許されずに日本中から批判されるのに、このバカの言葉は許されるのか?

亀田の暴言で嫌いになったのであれば、お前は人に暴言を吐くな、と思った。

嫌いであるなら嫌いでいい。

それは人の自由。

だけど、だまって嫌っていればいい。

こういう自分は何でもありで、人を否定するやつは本当に嫌いだ。



俺は亀田を応援している。



後悔なき出来事 2010年01月29日 
小宮 卓也 

先日、試験があってこの塾講師を振り返る時間があった。

その中で『後悔したかったな』という事象がある。

この人生での大きな出来事がこの先も付きまとうことになる。
これを振り払うことはできないのだけれども、さわやかに生きれたらと思う。

『後悔したかった』
僕の中で後悔というのは、ありえる選択肢の中から選んだ答えが間違ったとき
2つで迷ったとしたら、2つとも有り得た選択肢でないといけない。

有り得なかった、あの選択肢が。
あっちゃおかしかった。

だから、後悔もないし、自分の人生を大きく変える事象になったんだろう。

だからといって、この事象で自分の能力が上がるわけでもなく、下がるわけでもない。
問題は気持ちだろう。
気持ちが能力の上限を決める。

今年、転機が来る。
この我が人生を決める1年が。



正月 2009年12月28日 
小宮 卓也 

久々にあう、大輔に

2年ぶりかな、数えてないからわからんな



他の仲のいいメンバーとはチョコチョコあっているけど、大輔だけはなぜか全然あっていなかった

久々に会えるから相当楽しみ



人に会うことでこれくらい楽しみなのはおそらく一番



このメンバーでメッチャ遊んだ

このメンバーでメッチャ勉強した



高校3年はあっていなかった日はほとんどなく、何かと一緒にいた



こいつらに自分の人生を変えてもらった

これは自分の親も何かあるたびに言うから間違いない

こいつらから何もかも教えてもらった

今の考え方、人への接し方…

数え切れない、本当に今の人生を作ってくれたかけがえのない存在である。

だから、後天性を大事にしているんだろう。



また、教えてもらえるのかな、たわいもない会話から

いろいろ学びたい、少ない時間で








気になる 2009年10月28日 
小宮 卓也 

最近というか半年くらい前から妙に気になる。

特に甲子園のときくらいから、はやってんのかな?と思った。



『悔いはないです』という言葉。



今までは好きでも嫌いでもなかったけれども、最近嫌い。

もちろん使っている人全員に対して思っているわけでもない。



『悔いはないです』

さわやかなイメージがあったな。俺の中では。

やりきった感があって、前向きで。



でも、そんなに頻繁に聞ける言葉じゃないと思うのに、この半年で20回は聞いたり、読んだりしている。

言葉がかっこいいから使っとけ、みたいな自分が本当に思っているわけじゃなく言葉だけが先行しているような気がする。



終わった後にあーだこーださわやかにいえる人はいい。

でも、ぐちぐち未練たっぷりでいつまでたっても悔しがっている人を見るのは嫌い。

さわやかに未来に向かっていることがこっちとしては気持ちいい。



過去のことを考えちゃいけないわけでもない。

過去の失敗を糧として、未来につなげるということは非常に大事であるし、成長は過去がないと難しいと思う。

だから、歴史が重要になってくるし、人の経験などの本が売れるんだろう。



要は、過去にとどまっている人なのか、過去を受け止めて未来につなげるかの違いだ。



だから、悔いが残っていても、前を向ければいいわけで、悔いがないことが絶対にいい事かどうかは分からんということだ。



『悔いはないです』

これをいっておけば、負けてもなんかかっこいい、そう思って言った人はいると思う。

その言葉を自然と発することができた心の状態がさわやかなのに、『人にぐちぐちしていると思われたくない、さわやかに思われたい』という狙った感情から来た言葉はさわやかじゃない。



自分を出して人から自然と気に入られることと、気に入られようとして人に迎合していくことの違いと同じだ。



嫌いになったな、この言葉。当分使わないでおこう。



まあ、そもそも負けたときに使う言葉やから、負けなければいいんやけど。

ということで、KAITAKU CUP ゴルフ、麻雀ともに優勝しよう、この俺が。














おっちゃん 2009年07月01日 
小宮 卓也 

「卓也、女紹介したるわ」

2週間前突然の電話。

とりあえず「かわいいの?」と返す。

「お前俺をなめとんのか」

結局紹介してもらうことになった。



すごく気の合うおっちゃんがいる。

それが電話の主。



紹介してもらったとかそんなんが理由ではない。

小学生のとき、自分が電話を取ると「卓也、けんかは一番か」

とりあえずその言葉から常に始まった。

「うん、一番やで」 「そうか、やるやないか」

「今ナオキが一番やで、2番やと思う」 「そうか、あかんやないか」

男らしさ満点のおっちゃんで、俺も少し憧れがあったし、おっちゃんも自分に男らしさを求めてたんだろう。



大学に入ったとき、「お前は小宮家の田中角栄や」

約2年前、「お前は石原軍団に入れ」

1年前、「お前の人生みたいなんが楽しいわ」

とか、なんかうれしい言葉をかけてくれる。

それが本当かどうかは別として、自分をうそくさくなく認めてくれていることがうれしい。



今うなぎ屋をやっている。

そこがめちゃくちゃうまい。

三重県に帰ると食べたくなるし、よく行く。

なんか話したくもなる。

昔やんちゃだったことが似ているのか、おもしろい。

話していて面白い人なんてなかなかいないので貴重な人でもある。

俺もこんな親戚のおっちゃんになりたいと思う。








くくる 2009年05月20日 
小宮 卓也 

私はくくるが好きです。

くくるとは、一部のアピタ内に店舗をかまえているたこ焼き店である。

そこがとにかくうまい。うますぎる。



今まで食べたたこ焼きの中で一番、しかも突き抜けてうまい。

豊橋に住んでいた頃は食べまくった。

1人だろうが、誰かといようがいきまくった。

たまに授業中くくるの話になると子供たちも

『あそこうまいよな』

『うん、めちゃくちゃうまい』

みたいな感じだった。



しかし、かなしいことに豊田のアピタにはくくるがない。

授業中に話しても、『それで?』って感じで寂しい気持ちになる。



しょうがないから最近は刈谷、岡崎のアピタならくくるがあるので、そこで食べている。



さようなら



フィット 2009年03月21日 
小宮 卓也 

以前豊橋で教えていた子と5年ぶりにあった。

2日前だった。

『相談したいことがあるんだけど』と突然の電話。

昨日たまたま自分は休みだったので、話すことにした。



久々に話してよかった。

なかなか楽しかった。

相談にも一応自分なりに真剣に答えたつもりだし、他のどうでもいい話、昔話もした。

時間だけが急速に進み、6時間が経っていた。



こいつとは、中学生のときもたくさん話した。

勉強も教えたけど、勉強以外の話のほうが圧倒的に多かったと思う。

自分の意見をいって、そいつの意見もいって、お互いに認め合って。



昨日もそうだった。自分が譲らないところがあって、相手も断固僕を否定するところがあって。



話していて思った。

『やっぱりこいつは俺のことをわかってる』

それが何より楽しかったし、うれしくもあった。

たまに言う自分に対しての褒め言葉がいい感じで突き刺さっていた。

そいつは自分のことを褒めようと思っていってないかもしれないけど。



お世辞とか、自分が思っている以上に人に褒められたり、騒ぎ立てられるのが俺は嫌いだ。

例え悪気なく自分のことを見てくれていても、うれしいとは思わない。



小宮で小宮を評価したものと相手の小宮に対しての評価が共有できていることがいい。

飾ったり、無理することなく自然体でいれることが良かった。



自分は授業中だろうがなんだろうが、自然体でいようと思っている。

相手に否定されようが、自分を表していこうと思っている。ありのままを伝えたい。

自然体ということで言えば、授業とそいつといるときは変わらないが、共有してないんだよね。

フィットしてない。



自分が授業をやってきて、わかってくれる子がいてよかったなあ、としみじみと思った。



相手からすると相談にのったので、ありがとうだけかもしれないが、俺もありがとうだ。



他にもいる。マサヤ、ノブ、カトウとか。

こいつら、ありがたい存在だ。



少し教師に対してやる気の出た1日だった。




本能の原点 2009年02月10日 
小宮 卓也 

本能という言葉がある。
それがなぜできたのかわからない。
なぜ人は寝れるのか。(寝るという行動を教えられたわけじゃないのになぜできるのか)
なぜ子供を作ろうとするのか。
なぜ心臓はみんな同じように動き、動き方を知っているのか。
わからない。

自分は生物に詳しいわけじゃないし、興味も特にないが、ふと思った。

子供には親の遺伝子が影響する。

その遺伝子が顔を似せ、手などの形を作る。
その遺伝子の限界がわからない。

性格まで似させれるのか?
ものの考え方まで?

基本的に、身体を似させることができる。
でも、本能は身体ではない。
思考だ。
本能は過去の先祖から受け継がれものでしかない。
自分は寝るということなんて生み出していない。
ということは、自分が考えれば考えるほど、子供に自分の思考が受け継がれるのか?
または、どれだけ人間が進化しようとも、生きる最低限度の思考しか遺伝されないのか?
親の性格は子に似るというが、それは生まれた後に親を見て育ち、後天的なものだと思う。
でも、それはわからない。生まれる前からその性格をもう遺伝されていたのかも。

身体的には進化できる。
はじめ人間の皮膚の色は白だったとしよう。
だけど、黄色人種もいれば、黒人もいる。
ということは、後天的作用も遺伝されることになる。
わかるかな?
はじめある人が白で、生まれてきて、生きていくうちに黒になった。それが遺伝された。
だから、自分が『頭の毛がいらない』と思って、毎日死ぬまでそり続けて子供を産んだら、ハゲが生まれるかも。
永久脱毛を人間が全員していたら、その部分の毛が必要ないと判断して、今後生まれる子供たちは脇毛処理が必要なくなるかもね。
だって猿より、人間のほうが毛が少ない。だからありえる。

猿と人間は今、同じ環境の中生きている。
もし、環境に左右されて遺伝しているのならば、人間も猿も同じように毛がなくなるはずだ。
人間が猿より毛がないのは環境じゃないことがわかる。

まあそんな話はおいといて、後天的なものが遺伝されるのだとしたら、自分の全盛期であると思ったときに子供を産んだほうがいいかもしれない。
まだまだ未熟な若いときに産まないほうがいいのかも。

肉体的、思考能力的いろいろな全盛期があるけど。

本能があるから、思考は遺伝されることはわかる。
肉体的には後天的作用も遺伝される。
それなら後天的思考もされるんじゃないか?

これがわかる人教えて欲しい。
わからないというものがあるから、考える動作ができる。
それは本当に素晴らしいことだと思う。
でも、自分が考えてもわからない領域にきてる。

もし、遺伝されるのであればさらに人生が楽しくなる。



言論の 2008年12月09日 
小宮 卓也 

今俺がやってるブログもそうやけど、発言できる場が増えたもんだ。

別に俺は書かなくてもいいけど、理由があって書いてます。



こういう自分の意見が書ける場所があってもいいけど、これも乱用されることによって変な方向に向かう。

大体、誹謗中傷でしょ、これ系って。

だから嫌い。



そして、そんなこと書いてる奴らは言論の自由ってあほみたいに権利を主張するかも知れないけど

前にも書いたけどそれは自由じゃない。無責任で勝手な自己中野郎なだけだ。



人間の基本は触れ合わないといけない。

しゃべるなら面と向かってが基本。

それが無理なら言わなければいい。

言葉は自分の気持ちを目の前の相手に伝えるために生まれたのが原点だ。



そんな勇気のない奴らが集ってパソコン上であれやこれやといってる。



引きこもりの人間は増えるわけだ。



自分の不満、悩みを吐き出すところなんてなかった。

1人で生きていくことなんて無理だった。(今もそうだけど)



人間関係を作っていくにあたって、自分が駄目なところは直したり、反省したりして成長していく。

そして、友達を作ることができ、平和に生きることができる。



今は違う。全員じゃないけど、自分が悪いということはおいといて、不満を書き込み同じ系統の奴らと愚痴りあってる。良好な人間関係を作らずして、コミュニケートできるようになっている。

こりゃいかんよね。



こんなことやってる奴らが現代社会でも勘違いして何でもあり野郎になってる。

社会に保障されていると思って。



今の政治もそうだ。

何かと批判ばっかり。

総理大臣になったら、ボコボコいわれるだけ。たまらんね、天皇を抜けば日本で一番偉い人なのに。



俺は政治のことなんて知らん。全く知識がない。

だから、今の総理大臣がいいかどうかわからん。

でも、知識がないから選挙でいい人を代表に選ぶ理由があると思うし、いいかどうかわからなかったら信じるしかない。

応援するが前だと思う。

麻生さんだって、なる前は人気があった。

ということは、日本国民が支持していたわけだ。

ちょっと変な発言したからってどんどん支持率落ちて、

俺は支持者に対して

『人のせいばかりしてないで、はじめ支持してたお前が反省しろ』

と言いたい。

何でもいえるようになった時代だからこんな風になったんだと思う。

俺のまだ生まれていない時代なら同じ発言をしてもこんなことになっていないと思う。

総理を信じていたと思う。



友人関係だろうが、社会生活だろうが同じだ。



前向きにやらせたほうが、やりたいようにやらせたほうが成功確率は高まる。

ちょっとのことで否定せずに、みんなで応援したらいいやん。

やりたいことを積極的にやらせてあげればいいやん。

ミスしない人間はいない、そんなことわかっているはずなのに。

ミスはそれを上回る成功で取り返せばいい。

でも今のままじゃ、保守的になるよね。

人の目気にしてやりたいことをやれなくなるよね。

暖かく見守ろうよ、自分自身でできないのなら。

そっちの方が例え今の総理大臣がしょぼかったとしても、日本が良くなる可能性は上がると思う。



面と向かっていえないのなら、言っちゃいけない。

言いたいのなら相手を考えて、勇気を振り絞って、

そう、相手から何を言われてもいい覚悟が必要だ。



遅れたから、プラス2でした。










思考時間 2008年12月09日 
小宮 卓也 


初めて自分でつないだのは4年前くらいだと思う。
ずっとインターネットをつないでない奴なんて時代遅れもはなはだしい、という言葉を聞いてきたけど
正直あんまり興味ないし、調べたいものなんてないし、つなぐ予定はなかった。
しかしあるとき、『株やりてー』と思い、インターネットをつないだ。

その時思っていた。
『みんな当然のようにインターネットつないどるけど、そんなに調べることあんのかな?』
『なんの役に立つんかな?』

みんな持っているって理由でつないでもいいかもしれないが、意固地になってるつもりはないけど流行にあまり興味がない。
知らんうちに勝手につないでてくれたら使うけど、めんどくさくなる。

だから、なんとかつながなくていい理由をせこく考えていた。
そのときも、そして今も思うこと。

ゆとり教育が駄目だ駄目だとテレビでやってるけど、学力低下はインターネットが一番の理由だ。
人生にゆとりは必要だ。その考えは間違っていない。一昔前にゆとり教育を取り入れていたら成功していたかもしれない、そう思う。

一番は考えることをしなくなったことだろう。
すぐに調べることができる、知ることができる。
インターネットを排除した方がいいといっているわけではない。
あったほうがいい。
でも、使い方を間違っている。
あまりにも乱用しているんだろう。楽だから。

考えるっていうのは素晴らしい。
自分の潜在能力を引き出す一番の方法だと思う。
ひとつのことを知りたいと思う。
そのことについて考える。
そうするとそのもの以外に疑問が必ず生まれてくるものだ。
そのほかに知らなければいけないことがおのずと生まれてくる。
そう思えない人は原理原則について全く考えていない人だと思う。

1つのことが3つ4つに、そしてたくさんのものに興味を持ち、人は知識を得る。
しらなかったことに喜びを持ち、ありがたさを知る。

人がいくつもの年数を重ね、この便利な時代を築くことができたのも知恵を使ってきたからだ。
できないことがたくさんあって、調べるものがないから自分で考えて知恵を使う。
その繰り返しだ。

勉強で問題を解くのに考える。
だけどそんな時間、人生という大きな時間帯を考えればたかが知れている。
それ以外のたくさんの時間に、交友関係、自分の興味などでそのもの自体は無意味かもしれないが、考えることが勉学の時間の何倍もの時間を占める。

大人の人でたまに聞く言葉。
『小学生のときあんなに難しく感じたのに、今考えると簡単だね』

なぜか。
それは、勉学を学んでないかもしれないけど、頭をその分動かしてきたからだ。
いろんな物事を考えてきたから、その分小学生のときよりも脳が柔軟になっているんだ。

勉学は勉学だけしてれば成長するもんでもないし、または勉学だけしか成長できないというわけではない。
子供の頃から色々なことに興味を持ち、たくさんの失敗を繰り返してまた考えて、とその勉強に直結しなさそうなことが脳を動かし、勉学、そして人としての考え方を成長させるんだと思う。

これができてないんだろう。
すぐに知れるということは必ずしもいいというわけではない。

時代が経つにつれて、便利になっている。
そんなに生きてないけどね。

身の回りが便利になればなるほど、生活、生きていくことの最低限は何も考えなくてよくなる。
そうなると、人は原点である恋愛にしか興味がいかなくなる。本能でもあるから。
そうなると何も考えずに過ごした人のなかでとち狂った奴が出てきて、性犯罪が増えるんじゃないかと思う。

まあのんきにこんな予想しとる場合じゃないけど。

とにかく考えるということは大事であると本当に思う。
自分にも、他の人にも。



バカラ 2008年12月06日 
小宮 卓也 

バカラというトランプゲームがある。

BANKER、PLAYERという場所が2つあって、どっちのほうが9に近いかというようなゲーム。

そのどちらかに人は賭ける。



最近やったけどしびれた。

しびれまくった。



単に2分の一の確率でしかないのに当たりまくるときもあれば外れまくるときもある。

当たりまくるときは当たりそうな気満々。

外れてるときは全く自信がない。

結果だけがそういう気分にさせているわけじゃない。

当たった次が必ず自信満々で賭けれるわけでも、外れたあとが毎回自信ないわけでもない。

自分が流れを感じてるだけ。

勝利の流れ、敗北の流れを、勝手に。



流れはある、どんなことに対しても。

不思議だ、二分の一なのに。



この根拠のない流れというものが占いを流行らせたんだ。

そして、風水、タロットなど色々なものが生まれたんだ。

証明できない流れをつかむために、今の占いは人間をもてあそんでるようで非常に嫌いだけど、初めて占いをやった人は真剣に考え付いたんだと思う。



運がいい、運が悪いと人はいう。

運が悪いとよくいう人は、運という言葉をなめてる。

自分のせいじゃないと逃げているだけだろう。

流れをつかめなかっただけだ。



俺は運がいい。これは間違いない。

だけど、それは俺が勝ち取ったものである。

この人格が、この人生観が、この背丈が。

自分以外の誰のおかげでもない、俺のおかげだ。

そりゃ、自分は一人で生きてきたわけでもないから、誰かのおかげというものはあるがそういうことではない。



例えば、道端で100円おちていたのを拾った。

それは、俺だから拾えたんだ。

世界中に100円玉が隙間なく落ちていたら、俺じゃなくても誰でも拾える。

100円を拾うという動作自体は誰でもできる。

その道端を通ることだって。

しかし、拾える時間帯に、そこに通った俺がいたから拾えたんである。

1秒前に通った人が拾っていたら拾えなかったわけである。

運は自分が掴み取るものだ。

自分の意思で掴み取ろうとしていなくても、その道を選んだのは自分。

根拠のない流れが俺をその場所に引き寄せたんだ。



運、流れは非常に大切だ。

しかし、能力も必要である。



バカラをしていて思った。

2つのうち、どちらかが勝ちだと決まっているのに勝てない。

勝利がこんなに目の前にあるのに。

見えているのに。



世の中にビジネスをしている人はたくさんいる。

でも、目の前に勝ちは見えていない。

何が勝ちかを考え、日々探って決断。

目に見えない勝ちをとりにいっている。

その人の選択肢の中にはほとんど勝利がある人。

その人の選択肢の中に、1つたりとも勝利がない人。



目の前に答えが見えてるバカラでさえスリル満点なのに、

答えがわからないビジネスは怖いね。

いくら考えても負けしか考えられない人は、かわいそうだ。

勝つ可能性がどれを選んでもないわけだから。



逆を言うと、ビジネスで正解は1つじゃないわけでいくつもあるわけだから、

正解ばかりを考えれる人は簡単すぎてしょうがないだろう。

何選んでも勝っちゃうってかっこいいいねー。

バカラのほうが難しくてしょうがないだろうね。



勝ちてー、とりあえずバカラで。

何年か後、ビジネスでも勝ちてー。

そして、2分の1のバカラが一番難しいわ、とかっこいい台詞言いたい。










今日 2008年10月05日 
小宮 卓也 

今日、ある会社の説明会にいってきた。

ためになったことがあった。

やっぱりいろんな人の考えや、やってることを聞くのっていいな。



その人は謙虚な人だった。

『自分はカリスマ性をもった人間ではない』

その他いろいろ。

その人はたくさんの人が自分の説明を聞いていたから、謙遜していたわけではない。

自分をはっきりと知っているからこそいえるものだと思った。



その会社はいろいろな武器を持っていた。

その武器はその人の長所、短所、特に短所をよくわかっているからこそできたものだと思う。

謙虚だからこそ、自分をわかっているからこそできる知恵の使い方をしていた。



『こんな思考の順番で知恵を使っているんだ』



そう思った。これはマイナス思考ではなく本物だ。



何かいているのかわからないと思うけどそう思った。






自信 2008年07月17日 
小宮 卓也 

ある職員に数ヶ月前話したことがある。
本物の自信を。

世の中の自信には、いろいろな言葉の意味が含まれてる。
ポジティブ、楽観的、信じていると勘違いしている思考、本物の自信。

『昔水泳やってたんで、自信があります』
この言葉は適切かな?
使っちゃいけないかどうかは別として、俺が考えるに適切ではない。
別に信じてないよね、自分を。
自分の過去の実体験でできることがわかっているだけ。
わからないことだから、信じたり不安になるものであって、わかっていたら信じる必要ないよね。

確定された実体験がなく、自分の思考のみしか確定要素がないとき、信じれる。
改めて言うけど『自信=自分を信じる』だから、外的要素があったらいかんよね。

じゃあ、どういう人が自信を持てるんかな。

それは、事象の後に自分、そしてまわりを受けとめれる人だと思う。
そう、不安になる人は実現できなかった後の自分の未来が怖いんだと思う。
その事象ではない。
達成した後の充実感、失敗した後の劣等感。

これは人間の歴史の習性から来ていると思う。
昔の敗北者は殺されていた。
勝者のみしか生き残れなかった。
昔をさかのぼればさかのぼるほど。
狩りにいって負ければ食い物ないもんね。
生きるために食べ物が欲しい。食料を自分でとれなければ、死んでしまう。
とれなかった後の死が怖いんであって、食べ物がとれなかったこと単体が怖いわけではない。
わかるかな。
生死がかかっていたから、今もその精神は受け継がれ、成功、失敗に人はスリルを感じるんだろう。
今は平和だよね。

生死は関係ないけど、失敗した後も今までの自分でいられるかが重要になってくる。
未来の自分が何も変わらないことがわかっているからこそ、自分を信じれる。
未来の自分がどうなるかわからないからこそ、不安になる。
信じるってその事象のみだけじゃなくて、その後も継続して信じれるからこそ、生まれるものだ。
言い訳こいたりしちゃいかんよね。逃げずに自分を受けとめないと。

そういえば、先日ある中日の敗戦投手が言った。
記者『連日の疲れがあるかもしれないですね』
選手『疲れを言い訳にはしたくないです』
みんなどう思ったんかな。

俺はかっこ悪いと思った。
適当に聞くとかっこ良さ気な感じに聞こえるが、敗戦の理由を疲れと認めてる。
言い訳にしたくはないけど、疲れはあります、それが原因の1つとして負けました、と聞こえる。
それを言い訳と言わずに何ていうのか教えて欲しい。
本当に言い訳にしたくなかったらこういう表現になるはずだ。
『負けに影響するほど疲れてないです』と。
本当に疲れていてそれが原因であったとしても、言い訳したくないのであれば、原因にしてはいけない。
それか素直に認めた方が俺からするとその言葉を言うよりかっこいいけどね。『疲れで負けました』と。

それたね。
信じるという言葉を使うときは、勝つ可能性の上がる考え方でなければならない。
これやな。
本物の自信と偽者との違いは。
勝つ可能性の上がらない思考に自信という言葉は当てはまらない。
勝ちに行かないと意味がない。

自信があると言われていて、何も勝ちに執着していない人もよくいる。
負けてもいいと思っている事象に何のリスクがあるのかな。
リスクがないからこそ、負けてもいいと思っているんだ。
どうでもいいことをやるときに自分を信じる必要ないよね。
それを楽観という。
そして、勘違い野郎と呼ぶ。
本当に自信のあるひとは、全てに自信を持たない。
自分が負ける場所も知っている。
負けることがわかっているのに自分を信じる必要がない。
そのかわり、自分の勝てる可能性のあることに最大限自信をもつんや。

自信を持つことによって、攻めが生まれる。余裕も生まれる。
そして、勝率をあげる。

自分を受けとめれる人ほど自分を大切にしている人。
その結果負けてもいいと言えばいい。
負けても自分を正面から受け止めれるから。

だけど、そんなことは考えず、その事象に勝つことだけを求めて自分を信じ続ける人こそ、本当の自信のあるひとだ。
勝ち取るための大切な思考、それが自信。

俺はなるよ、本物に。



説明会 2008年01月31日 
小宮 卓也 

1月27日(日)
豊橋、新城、豊川、田原、蒲郡、岡崎、豊田で入塾するにあたっての保護者説明会が行われた。

開拓塾の知名度がある地域、または全くない地域ともに行われた。

結果は同じだった。すばらしいとしか言いようがない。

どの校舎も説明会を聞いて、即入塾してくれる人が多かった。

聞いてくれれば、来てくれれば、知名度関係なく『いい塾だ』とわかってもらえる。
また、説明会で言っていることにうそはない。
それ以上のことをやっている部分もあるし、時間の関係上伝えきれないところもある。

体験授業もそう。

ただ、参加人数が少ない校舎もある。

塾を検討中の保護者に対して、全塾の説明を聞ける広い会場があればなあ、と本当に思う。

説明でも、実際の仕事でも、開拓塾は負けていないと思う。
そう思えるから、今この職業でやっているというのもある。

2月2日 刈谷
2月3日 豊田本校、豊田北校、大林校
その他にもまだ説明会は続いていく。



きたぜ 2007年09月22日 
小宮 卓也 

ついにきました、報告するときが。

塾長のyahoo予想のブログを見て、

『おれもやったろーやんけ』そう思った。

その中で一番の理由は塾長のブログの中の『のりてぇ』って言葉。

なんか子どもらしさが残ってて、微笑ましかった。

しかし、今は違う、やってる理由が。

100位以内になって、開拓塾を宣伝すること。それしかねぇ。

そして、今日の予想で俺のポイントが11367ポイントになった。

現在のところ100位タイで、正式に自分にこのポイントが入ってくるのが明日の朝なんで

このままいくと明日の朝から載りそうです。

100位くらいを注目や。まあ見たら俺ってすぐにわかるから。

来年か再来年、ラスベガスでもこんな感じになるだろう。

さいなら。



最強 2007年04月24日 
小宮 卓也 

最近時計をなくした。なくなった場所はわかっている。遠くもない。
だけど、いまだにとりにいっていない。
ある日思った。
『何万かやるからとりにいって』と誰かに頼まれたらどうする?って。
とりに行こうという気持ちは高まった。
人は勝手に枠にはめこんで自分の行動を決めるときがある。
『俺がやるしかない、だから…』 『人にしょぼいと見られたくない、だから…』

そのとき思った。
感覚とは、理由がなく、また自分ではすぐに説明できない発想だと。
自分じゃ普通だと思ってきたことが、実は普通じゃなかったことなんてちょくちょくある。
当然の考えが、ときに当然じゃない。
これが感覚だ。

だから、何かと理由をつけて自分の行動を制御しすぎることは自分を壊す可能性があると思った。
また、すべて悪いというわけではないが、これが決定のほとんどを占めたらすごい人間にはなれないと思った。
だって、自分がしょぼい人間だから『すごい』と仮定して行動制限してるんでしょ?
『しょぼい』ことありきになってる。

人には感覚がある。
直感は一見何も考えていないように思われる。
確かに考えていないといえば、考えてない。
でも、俺から言わせれば、直感は自分の人生、自分の潜在能力のすべてを表す集大成だ。

カッコつけたがるから、行動前に理由を求めたがる。
最後は感覚、そう直感にみんなゆだねている。
恋愛がそう。
カッコつける場所じゃない。
そして、こんなんがタイプとか言うだけ言っといて、本当に好きになる人はぜんぜん違ったりする。
何で好きになったかは、付き合った後でようやくわかってくる。
『自分はこういうのを求めていたんだ』と。
理由は行動の後。
ここぞというときは、行動前に理由なんて要らない。

理詰めの行動は、枠が限られてる。
自分の今呼び起こすことのできる記憶だけで考えているんだから。

すべてを言葉で表すことができるようになれば、最強だろう。
自分の経験、感覚をすべて理詰めできたなら。
でも、それは無理だ。時が止まらない限り。

じゃあ、考えることは意味ないの?
そんなことはない。
感覚は不変ではない。
これからの人生によって大きく変わる。
先天性と後天性の最強タッグだ。
だから、行動後の理由がわかればわかるほど、感覚は研ぎ澄まされていく。
ちょっとわかったくらいで、理詰めに支配されちゃいかんけどね。
だから、いつも感覚は持ち合せる必要がある。

感覚は最強である。俺はそう思う。

俺の文章は、誰に向けて書いとんのかね?

 



決断力 2007年04月22日 
小宮 卓也 

ジャンケンをする。いろいろ考えた。
『パーにしよかな』 『グーにしよかな』 『いや、チョキかもしれん』
パーを出した。負けた。グーを出しときゃ勝ってた。

『グーも考えとったんやけどなー』っていうやつ。
そういうやつはたくさんいる。誰でも3通りくらい考えるっちゅーの。考えたのはお前だけじゃないわ、あほ。
ひどいかもしれないが、そう思ってしまう。

ジャンケンだけじゃない。みんな同じ選択肢なのに、勝ち負けが決まることなんて日常にあふれてる。
俺は賭け事が大好きだ。競馬もそう。何通りもみんなに平等に用意されてて、必ず勝ちは存在する。

勝ったり負けたりする。その中で決めていることがある。
『負けたときは、言い訳こかずに分析する。』

当たりは考えれた。みんな同じ。だから、悪いのは自分の決断力。
勝負の前に何考えてたなんてどうでもいい。その中から勝利をもたらす決断力こそが大事。

全部ではないが、ビジネスでもそうだ。
フィールドは用意されてる。塾講師、料理屋、ラーメン屋など。
そのフィールドの中で勝っている人たちは、新しい発想をした人たちばっかなのか。
ほとんどいないだろう。
みんなが知ってる知識の中で、配合、物の選択を変えて成功した人がほとんどだ。

発明はいらない。
それより、今もっている知識で何を選択していくのか。
そっちの方が勝利への近道だ。
毎日おこる小さな出来事の中で、自分は何を選んでいくのか。
あいまいな答えは要らない。はっきりと決める。
また、みんなが『決断の場所だ』と気づかない所も見逃さずに決めていく。
負けたら、負けた理由を考える。言い訳こいて、過去の自分を肯定してる場合じゃない。
見るのは未来だ。
未来の成功への決断力をつけるしかない。

天才は一握りだ。そいつらだけがすごいわけじゃない。
平凡でもすごい人はいくらでもいる。
決断力。
その差だろう。

今1番欲しい。欲しくてたまらん。俺は身に付けてやる。

※代表、言ってたやつとはちゃいますよ。また今度。

 



自由、自分勝手、そして指示 2007年02月18日 
小宮 卓也 
自由と自分勝手の差って何?
ピンと来ん人が多いと思う。
どちらもまずはじめに来るイメージは『制限がない』ってことじゃないかな。
究極的には違うけど、基本的に自由、自分勝手どちらかに制限はある。
そして、確実に制限がないと、一方の言葉は俺の中じゃ成立しない。
どっちかって?
『自由』です。
今回書くことがさっぱりわかってない人は、前回の俺のブログを読んでも意味ない。
わかってないよ、わかったつもりでも。
『自由』… 制限のある中での自分の考えによる行動
『自分勝手』… 制限のない思いつきの行動 
と俺は考えている。
この2つの違いの中での1番のポイントは、そこに『自分の考えがあるかないか』や。
制限があるからこそ、考えることができる
そうやろ?
人は何かを考えるとき、その言葉通り『何か』目的、対象物がある。
何もないのに、何かを考えるなんて無理。
だから、自分の脳みそが何かに制限されていない限り、考える行動はできない。
よって、自分勝手に進化はない。自己満足だけ。
かっこいい言葉自体は口に出せるけど、本当にその言葉の意味を理解してる人は少ないと思う。俺もや。
それじゃ意味ない。1つ1つの言葉、行動をじっくり考えて理解しないと本物にはなれない。もっと考えよう。
ここまで読んで言葉自体は矛盾しとるって思うよな、前回のやつと。
だけど、俺は制限を無くすなんて一言も書いてないよ。自由を与えるって書いただけ。
じゃあ、『自由』と『指示』の違いってなんじゃ?
本来比べるものじゃないかも知れんけど、つながってるよ。
『指示』は明確に人に指し示すものじゃないといけない。
わかりやすく、行動する人が悩まないように細かく示すこと。基本的に指示はこうでなくちゃいけない。
お互い制限してるよな、自由も指示も。だけど、全く違うよ。
指示は、その人の行動までを支配するほどの制限や。
そして、指示はそれくらいの制限じゃないといけないと思っている。
自由は、考えのポイントは制限するが、行動はその人任せってこと。
そう、その人の行動までを支配するほどの制限はしちゃいけないってこと。
全く違うよな。制限って言っても。
この区別が本当の意味で、わからん限りいい指導者にはなれんと思う。
思考させることに意味がある。指導者って人を育てる人でしょ?
考えさせない限り、育たない。俺たちは知識をばら撒く知ったかぶりじゃない。
じゃあ、実際どこまで制限していいのかっていうのを今考えてるところ。バランスが難しい。
それが明確にわかったとき、俺は最強になる。
 


自由 2007年02月13日 
小宮 卓也 

俺は自由が好きだ。
就職してから今まで生活してきてその気持ちは増大し続けている。

『先天性』と『後天性』 就職して塾長とたまに話題になる。

『先天性』 … 生まれ持ったもの
『後天性』 … 生まれた後に持つもの
よく話になるのは、人間の能力についてである。

がんばらなくてもできるやつはできる。がんばってもできないやつはできない。
だから、先天的能力がすべてだ。そう言える。

だけど、俺は、後天性の方が大事であり、後天的能力が人の良し悪しを決めると思う。

俺の能力は高校時代に花開いた。だいすけ、こうちゃん、ふみ、やすお、この4人に出会ったことによって。
俺の人生を違うものへと変えてくれた。
この4人のおかげで今の自分がある。そう言っても全く言い過ぎではない。
このことは後に話そう。

また、塾講師になって何人もの子供を見てきているが、親の教育、周りの環境で人は違ったものになってしまう。これが俺の決定打になっている。

先天性より後天性や

大体、先天性といっても、自分にどんな能力があるのか、そして、どれだけの能力なのかなんてわからない。
100が人間のMAXだとしたら、自分は90なのか、それとも10なのか。

人間には色々な能力がある。いくら俺がすごいといっても、負けてる部分なんていくらでもある。
でも、負けない部分もたくさんある。
俺だけじゃない。
どんな人間にも負けない部分はある。
その負けない部分を100%身に付けるのか、それとも少ししか身に付けられないのか。
それは、生き方によるよな。だから、後天性。
しかも、俺の分析によると、人生何年生きれるかわからんけど、100年生きても100%自分の得意な能力を極めることは無理や。
たった1つの能力であっても。

もう1度書こう。
ある人間の能力指数が、客観力2、決断力50… だったとしよう。
得意分野が50もあったなら一生かかっても極めることはできない。それくらい人生の長さは、はかないものや。

だから、考えたってしょうがないよね。先天性なんて。
考えたところで未来は無い。
得意分野と苦手分野が生まれつき決まっているだけ。
たいしたことねーよ。

後天性はこれからの自分の生き方によって変わってくる。
どれだけのものになるのかはわからない。
でも、その考え方に未来はある。

そこでや
後天的能力をどう効率よく身に付けるのか。
それが問題。

『自由』 そこにつながる。

人間がこの日本に生まれただけで、日本という枠に規制されている。
この世の中規制の嵐や。
そして、生まれてからも何かの枠に閉じ込められ、日々過ごしている。
だから、どれだけ自由があっても足りないと思っている。
だから、授業に自由を与えたい。自分勝手にさせるというわけではない。

教育といえば、『教える』というのが一般的。
全国の教師のほとんどがそう思って授業やってるだろう。
でも、違うで。
教えることも重要やけど、教えることより、『自力で気づく』方がどれだけ大切なことか、どれだけ大変なことか。
その大変なことに今、価値を持って授業を行っている。
知識は当然。そして、空間も与える。
分かるよな、俺の授業を受けてる子は。

狭く生きている環境の中で俺の授業だけでも自由を与えてやりたい。
この狭い教室の中で、広々と生きて欲しい。

勘違いするやつだっている。
しかも、短期的に分かってもらえないかもしれない。
塾という企業として、マイナスしかないかもしれない。

だけど、俺はやり続けてやる。
それが明日、俺の授業がいいと分かろうが、10年後に気付こうが。
そのためにも、企業に迷惑をかけないように生徒を増やしてやる。
俺の理想の授業を求めて。



 



最後に 2007年01月06日 
小宮 卓也 

最近心に残ることがあったな。

東校の杉(杉林先生)や。
冬期講座の最終日、東校で1人1人に熱いメッセージをかいて、生徒に配ってた。
その紙の裏に生徒は『絶対合格する』とか目標書いて、教室中に画鋲で張ってた。

偶然一緒に俺も入ってて、愛情を感じたな。めちゃくちゃ。

俺にはできんかった。そんな考えなかった。そんな愛情も。

愛情じゃ負けとる。完敗や。

俺でも何にも悔しくなかったな。うれしかったな。自分がやったかのように。
偶然その光景が見れたことがうれしくてしょうがなかった。

この塾は愛情がある。俺好きやな、こんな塾。
広めたいね、全国に。知らせたいこんな塾があるよって。

でも、この世の中、情だけでは無理なんやな。本当に残念。
情を持ったまま、お金に走りたいな。

また金かよ。って思った?俺はそんなに金に執着心ないよ。

言葉に表せんな。難しいんやって。

ねむいで寝るわ。

今日中川翔子の気持ちがわかった気がする。すごいな、こんなん毎日。
おれはもうやりたくない。

 



考えを語り合いたい。 2007年01月06日 
小宮 卓也 

人と話すの好きやな。お互い本音を言い合って。
心が触れ合う感じがする。

最近してないな。気持ちよく話し合うこと。

『俺はこう思う』
『いや、違うぞ』
いっつも話し合うのは自分。暇になったら1人ごとばっか。

こんなこと書くと友達おらんの?って思われると思うけど友達は多いと思うよ。

自分を否定されたい。
自分を肯定されたい。
両方バランスよくされたい。バランスって大事やね。

でも、どっちかを選べと言われたら、『否定』かな。
今、自分が進んでる道はあってんのか分からなくなるときがある。今もそうやけど。
否定されたら自分を見つめなおす機会になるから、いいね。

『満足』

いつになったら自分に満足できるんやろ。
今も満足と言えば満足やし、過去もそう。
だけど、満足しきってないね、全然。

死なんと分からんのかな。
一生無理かもね。

でも、満足できんって事は自分に期待しとるってことやから、いいんかね。
期待がおおきすぎるんかね。

死ぬまで自分に期待してたいな、俺は。
誰から否定されようと。自分で自分を否定したくないな。世界一の自分の応援団長でいたい。

じゃあ、満足は無理って事やな。無理なことはあきらめよう。

話変わってまったな。人と話し合うことやった。
すごい人と話したいな。
今、身近におる人で興味があるのは、やっぱ塾長かな。
ときどき納得いかんことあるけど、やっぱすごいな。
俺のずいぶん上に立ちはだかってる。話がいがあるし、意見もしっかりしてる。
抜きたいな。出会った人全員に勝ちたい。
がんばらなあかんな。

とりあえず、話し合いだろうが何だろうが、1回でも勝ちを味わいたい。
まだ、未経験。いつになんのかね。勝利の日は。
何回でもチャレンジしたい。チャレンジャーとして。


何回でも話して、また、自分で考えて。
その繰り返し。

人と話して自分を成長させたい。自分だけの肯定じゃ終わりたくない。

 


 



考えを語り合いたい。 2007年01月06日 
小宮 卓也 

人と話すの好きやな。お互い本音を言い合って。
心が触れ合う感じがする。

最近してないな。気持ちよく話し合うこと。

『俺はこう思う』
『いや、違うぞ』
いっつも話し合うのは自分。暇になったら1人ごとばっか。

こんなこと書くと友達おらんの?って思われると思うけど友達は多いと思うよ。

自分を否定されたい。
自分を肯定されたい。
両方バランスよくされたい。バランスって大事やね。

でも、どっちかを選べと言われたら、『否定』かな。
今、自分が進んでる道はあってんのか分からなくなるときがある。今もそうやけど。
否定されたら自分を見つめなおす機会になるから、いいね。

『満足』

いつになったら自分に満足できるんやろ。
今も満足と言えば満足やし、過去もそう。
だけど、満足しきってないね、全然。

死なんと分からんのかな。
一生無理かもね。

でも、満足できんって事は自分に期待しとるってことやから、いいんかね。
期待がおおきすぎるんかね。

死ぬまで自分に期待してたいな、俺は。
誰から否定されようと。自分で自分を否定したくないな。世界一の自分の応援団長でいたい。

じゃあ、満足は無理って事やな。無理なことはあきらめよう。

話変わってまったな。人と話し合うことやった。
すごい人と話したいな。
今、身近におる人で興味があるのは、やっぱ塾長かな。
ときどき納得いかんことあるけど、やっぱすごいな。
俺のずいぶん上に立ちはだかってる。話がいがあるし、意見もしっかりしてる。
抜きたいな。出会った人全員に勝ちたい。
がんばらなあかんな。

とりあえず、話し合いだろうが何だろうが、1回でも勝ちを味わいたい。
まだ、未経験。いつになんのかね。勝利の日は。
何回でもチャレンジしたい。チャレンジャーとして。


何回でも話して、また、自分で考えて。
その繰り返し。

人と話して自分を成長させたい。自分だけの肯定じゃ終わりたくない。

 


 



産んでくれなんて、頼んでない。 2007年01月06日 
小宮 卓也 

この言葉もよく聞くね。子供が親に言うセリフ。
こんなこと言われたら、たまったもんじゃないな。

『そりゃそうやけど…』って言うしかないもん。

俺も偶然今の親から生まれた。別に頼んだわけじゃない。
でも、その言葉は言いたくないな。
自分がしょぼいっていういいわけでしょ?

『産んでくれてありがとう』っていえる人間になりたいな。
そしたら、親も喜ぶし、自分の存在も肯定できる。
意味深いけど、相当いい言葉やと思うな。
俺は1度も言ったことないけどね。

『お前素晴らしい子供を産んでしまったな』とは半分冗談で何回も言ったことあるけど。

ただ、今俺がこの言葉を言っても親は喜ばんやろな。自分の肯定だけで終わってしまう。
最近三重の実家に帰ってたとき、父親と兄貴と親戚のおっちゃんとたまたま話すときがあった。
俺の兄貴は、俺とは全く逆の性格で、意見が合わんことなんて、わかってる。
父親も呆れた感じに最近なってきてる。
生まれた頃から俺を見てきてるのに。なんで?
実家に帰りたくないなって思ってしまった。

俺が急に変わったわけじゃない。というか、一切変わってないよ、俺は。
たぶん、俺の性格が確立されてきたんやろうな。
まだまだ未熟やけど、いままで曖昧なことしか言えんかったのに、自分を少し表現できるようになってきたんかな?
俺の父親は昔の考えを持ってる人や。でも、染まってるわけじゃない。父親の昔話を聞いてる限り、その当時は常識からすこし外れた人やったと思う。
なのに、なんでやろ?
俺も昔の考えと言うか、変わらぬ良き考えは少しは持ってると思うけど。
今の考えに染まってるわけじゃない。俺は変人だから。

まあ、その話はおいといても、親にはわかってもらいたかったな。俺を。
俺がまちがっとるかもしれん。だけど、応援して欲しかったな。

俺は将来金持ちになる。金持ちになったら豹変するんかな。テレビの人みたいに。

その前に気づいて欲しいな。親には。
俺の子供が産まれたら、好き勝手やらしてあげたいな。例え間違ってても。
俺の親もそうであってほしいな。俺が間違ってても。

親が認めてくれて、そのあと俺が今より立派になったら、いってもいいな。
『産んでくれてありがとう』って。

 

 



世間から否定された人 2007年01月06日 
小宮 卓也 

堀江さんのこと考えとったら、亀田も頭に浮かんだ。

すごい世間から否定されたな。俺はすごい嫌やった。否定されるのが。

ランダエタやったっけ?1回目の勝負も判定勝ちやった。
なんで否定されなあかんの?がんばったやん。
勝ち負けは亀田が決めたんじゃない。日本人以外の審判が決めたこと。
亀田は当然勝利を願ってた。だけど、決定権は審判にあった。
その審判が決めたのに、外野がぶつくさ言うなと言いたい。

ランダエタの国の人が言うなら全然分かる。
『おかしいやろ。こっちの方が勝ってたぞ』と。

だけど、俺ら日本人でしょ?
別に日本人になりたいって願ったわけじゃないけど、偶然同じ国にうまれたんやろ?
どんな状況でも応援したれよ。
世界戦に向けてめちゃくちゃ頑張ったと思うよ。
そんだけ頑張って、世界をとって、自分の国の人からも否定されんの?
俺やったらやっとれんよ。マジで。

人が頑張ってたら応援したい。どんなに負けることが濃厚でも。
頑張ってる人は何も悪くない。
おれは、応援しつづけたいと思う。



プライスレス 2007年01月06日 
小宮 卓也 

よく聞くな。この言葉も。『お金では買えない価値がある』

そのとおりやな。

プライスレスって情やな。友情、愛情とか
確かにいいし、俺好きやな、情って。

だけど、それだけで生きたくないな。たまにはいいけど、それが連発すると、単なるなぐさめあいになりそう。
うそくさくもなる。

お金には価値あるよな。最近ホントによく思う。どちらか選べと言われたら俺はお金を追いつづけたい。
商売において誰もができないことに、または、やりたくないことにお金は動く。
自分にお金が動くってことは、『自分の存在があってよかったってこと』

社会貢献したら金は動く。別に自分が金なんていらんって思っとっても、貢献したら勝手に入ってくる。
そういう世の中や。

だから、俺は金になることをやりたいな。それがどこかの人のためになっとるんやから。

本当に情熱がある人は、金儲けなんて考えてない。あることがやりたくてやりたくて、達成したくて、例えば何かを発明したとしよう。それが相当な社会貢献ならめちゃくちゃな金が入ってくるやろう。お金が先じゃない人ってすごいと思う。

残念ながら俺にはそこまでの情熱はない。別に自分の一生をかけてやりたいものはない。
ほとんどの人がそうやと思う。
じゃあどこで社会貢献するの?どこで人のためになるの?

その目印は金しかない。お金が儲かるところを探してそれを追いかける。お金が先の人間ってこと。

こんな金金金金書いとると、人から否定されるな。堀江のように。
あの人の本を前に読んだことあるけど、『お金で人は変わる』って書いてあった。
ちょっと前テレビでもそのことがとりあげられてて、テレビの人は堀江=最悪の人物
みたいになってた。
でも、俺の本を読んでの解釈は堀江さんは情を分かってると思うけどな。
ビジネス以外のところでは、本当はすごい情を大切にする人なんじゃないかと思う。
本にはそんなことひとかけらも書いてなかったけど。俺は読んだ時そう思った。

貢献しようと思って、それに拍車がかかりすぎて今みたいになったんかな。
お金を追いすぎてしまったんかな。

つかまる前は、テレビでは『堀江はすごい人』ってなっとったけど、今じゃ逆。
『金に支配されてんのはお前らやろ』とテレビのやつらに言いたい。
ころころ意見変えて、表面でみとんのはおまえらじゃ。

今塾講師やってる。生徒としゃべったりするの好きやな。
でも、なれ合いだけで終わりたくないな。
自分の生徒が合格する塾でありたいな。
今はそのために少し頑張りたい。

本当にそれができたなら、かならず世間にいい塾として認められる。
そして、生徒は集まり、お金が動く。

大量の金を動かせるようになりたい。

 

 

 



つまらん 2007年01月06日 
小宮 卓也 

ひまやな。ひまやで開拓のホームページみたらなんのかわりばえもせんかったから、ここは他人に頼るより自分で何とかおもしろくもってこうと思って、ブログ更新回数新記録を狙ってみようと思う。

基本的に俺めんどくさいこと嫌いやし、人に伝えることもないから書かんけど、今日はそういう気分になった。

暇すぎたり、1人でおる時間は、どうしても何かを考える癖がついてしまってる。
頭の中がぐるぐるぐるぐる色々なことが回りつづける。
特に車の中と、寝る前はほとんど。

別に伝えたいことないけど、今日考えとったことでも書こうと思う。
なるべく長い文章にならんように心がけたい。

 



結婚 2007年01月04日 
小宮 卓也 

昨日三重から帰ってきた。

ひさびさに4人の友達と話しとったけど、4人中3人が今年結婚するらしい。
残りの1人は結婚を考えとるけど、金がないから結婚せんだけやって。

すごいな。俺もそんな年になったんやな、と友達を通じて思った。
結婚についての話なんていくらでも話した事あるけど、こんだけ現実になるなんて思わんかった。
たぶんこういうことを聞いて人は結婚についてあせりだすんやなーとも思った。
俺は30代に結婚する予定やからべつにあせらんけど、仲間はずれみたいな感情は少しおこった。
少し寂しい気持ちになった。

みんなが結婚する年になってしまった。年くったな、俺も。
昔も今も変わらずバカなことばっかやってる。たぶんこれからも。

年齢としてはどんどん年をとってく。だけど変わらんな、俺は。
変わりたくもないな。ずっと。

結婚するっていっても、そいつらも何にも変わってない。昔のまんまや。

だけどそう思った。

 

 



成せば成る 2006年12月19日 
小宮 卓也 

成せば成る。

どこでだれが言っていたか分からないが、たまに聞く。
でも今考えると俺は『ほんまにおまえ思っとんのか?』と突っ込みたくなる。
なぜなら、できると自分が思い、頑張ればなんでもできてしまうってことやろ?
いままでにその言葉をいってるのを聞いたのが何人くらいか分からんけど、そんな+思考な人間
出会った事がない。1人たりとも。

しかし、出会ったことはないが、そういう人間がいることを知っている。この俺や。

自分の授業を半年以上受けている子なら分かってくれると思う。俺は超+思考である。
それも隠すことなく生きている。『できる』と思ったら何もやってないのに、自分の内に閉じ込めず、すぐに人に言いたくなってくる。
まるでもう成功したかのように。

小宮という人間を知らない人は、『こいつアホを超えている』と思うだろう。すいません。こういう人間です。

そして最近、何を成功したわけでもないし、何に動いているわけでもないが、さらに俺の自信は増大している。
今まで生きてきた中で最大級にまで膨れ上がったスーパー小宮がここにいる。
そう『成せば成る』ではないが、できないものはないと思ってしまっている。

いつへこむ時がくるのか分からない。その気持ちを体験してみたい気もする。
だけど、成功したいと願うなら、当然成功したい。

何を伝えたいわけでもない。この先をお楽しみに。さようなら。

 



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