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小さなガッツが集まって 2010年02月15日 
松岡 秀樹 

2月13日(土) 三本木校にて学年末テストに向けテスト対策。

本当に成長したな。2年生。本当にそう思った。

授業に向かう心が違った。

目の色も違った。

クラスの雰囲気が違った。

内容を頭に叩き込む姿勢が違った。



これまでの君たちとは明らかに違った。



ひたむきに問題を解いている君たちを見ながら、これまでの1年を振り返っていた。

確実に前に進んでいる。

100点のクラスがどのようなものかは分からないが、例えば自分が求めているクラス像を100点とするならば、まだまだだと思う。それでも1点ずつでも上がらなければ、近づくこともできない。

君たちは確実に歩んでいる。

まだまだ1人1人の力は小さいかもしれない。

それでもそれらが1つになれば、とてつもないパワーとなる。



1年間君たちを教えてきて、たぶんこの日が1番僕にとってはいろんな意味で楽しかったと思う。

よかった。君たちの成長が見れて。



お疲れ様。 2010年01月03日 
松岡 秀樹 

正月、久々に実家に帰りました。半年ぶりかな。姉の旦那さんと共に夕食を。

さすが、松岡家の人々。よくしゃべる、よくしゃべる。



まずは、父。定年を迎えて、自分の時間が多くなり、少し何をするか心配だったが、まーすごい。自転車で展覧会を見に行ったり、電車で誰かの講演を聞きに行ったり。すごいパワーだ。



僕の父は、健康に関して非常にこだわりがある。まず、僕がものごごろついたときからNHKの朝のラジオ体操をかかしていない。先日も「まだやってんの?」と聞いたら、「おう。」と当たり前の返事。すごい。



先日も初めて肩が凝ったらしく、それが心配で病院に行ったらしい。すごいね。



そして、姉。あと、一ヵ月後に子供が生まれる予定。男の子。一応今決まっている名前を聞いたら、ちょっと男らしさに欠けるので僕の提案を。2文字がいいと言っていたので、「大(ダイ)」という名前を授けた。まーそうはならないと思うが、強そうでいいと思うけどなー。



姉は、とにかくしゃべる。そして僕をいじるのが大好き。そして、本当に僕をむかつかせない絶妙な言い方。中学、高校はあまり話した記憶はないが、今は、昔からの友達のように話してる。年々、父に似てきているのが少し笑える。



そして、母。僕もあまり母がどういう人生を歩んできたかは分からないが、大変だったことは分かる。父も母も共働きで、僕と姉の面倒を見れる人がいなかった。そして、僕らは岐阜の母の実家(家から1時間くらい)に預けられていた。それに対して嫌に思ったことはない。

それにしても母はすごかった。

母は学校の教師をしている。姉が幼稚園のときは、毎朝、岐阜まで姉を送り届け、仕事に。

そして仕事が終われば岐阜まで姉を迎えにいくという生活。

もちろん、掃除、洗濯、ご飯作り。あらゆる家事を1人でこなしていた。

そして僕のときは、腰が悪くなったこともあって、週末だけ僕を迎えにくる生活。

僕と姉は、幼稚園で学年がかぶることがなかったので、母は6年間、この生活を続けた。

そんな母が、今年の3月、定年を迎える。38年間勤めあげた。

本当にすごいと思う。僕は、たかが8年。まだまだ足元にも及ばん。

今思い出して見ると、本当に辛そうにしている姿は見たこと無いな。

家事も仕事も子育ても、当たり前のようにやっていた。

38年間、本当にお疲れ様。あと少し、がんばって下さい。そして本当にありがとう。

趣味で何をやるかは教えてくれんかったけど、また教えてや。面倒くさそうに聞くかもしれんが許して。

しっかり背中で見せてもらいました。僕もがんばります。




充実した日々 2009年11月01日 
松岡 秀樹 

普段の自分の休み。
ダラダラとテレビを見て、
近所のうどん屋さんに味噌煮込みうどんを食べて、
またダラダラとテレビを見て、
そして眠りにつく。

本当に若さが全くない生活。趣味がないのも大問題だ。

しかし、今回は、

まず、「開拓カップ」。開拓職員とのゴルフ大会。何度も行ったことがある人と、そうではない人がわきあいあいと。見事、優勝させてもらいました。久々に楽しかった。塾長、広田さん。また行きましょうね。

そして、長島のバスツアー。「コーヒーカップ」を回しすぎて、手から血が。今も痛いっす。でも、自分の「コーヒーカップ」は、周りから、歓声というか、笑いが起こるくらい速いっす。

そして、今日は、井本先生が書いていた滝でも見にいこうかと、「ジムニー」をオープンにして準備を。

そして、開拓塾の職員とドライブにもいくし。

少し、若者らしい、充実した毎日です。



趣味発見かな? 2009年09月30日 
松岡 秀樹 

初めて、クルージングというものに行った。

天気は悪かったけど、行ってよかったっす。ありがとうございます代表。

いやー開放感がたまらんね。もちろん、信号も無い、渋滞もない。スピードを出して、カンガン進んでいく。

(っといかないときもあったが。まさか・・・縄が)



三輪君と僕は、カッパを来てずっと外にいた。



「気持ちいいね」と話しながら、

「雨が刺さって痛いね。」と話しながら、

二人それぞれ鼻歌を歌いながら、(三輪君は、海だけに「サザン」、僕は2次会の歌を)

そして、たぶん始めただろう、2人のツーショットも撮った。

たぶん、フレーム一杯一杯やと思うな。僕と三輪君だけに。

なんかね、叫びたくなるんやね。こう開放感があると。

なぜか、良く分からないが、自分の中に勝手にイメージが沸いてきて、

漁師船にあるような「大漁旗」を振りながら、「エイドリアーン!!」

と叫んでいる自分がなんかピッタリのような気がした。本当に意味が分からん。



よし、免許を取るか。趣味の無い、30歳が思ったこと。

ワインでも回しながら、ゴージャス気分に浸ってやろう。



今、欲しいもの 2009年07月01日 
松岡 秀樹 

自分は、あんまり「これが欲しい!!」というものはあまりというか、ほとんど無い。

大学1年生の誕生日のときも、「何が欲しい?」と聞かれて、「何も無い。」と答えたが、

「それでも何か」と言われたので、



「ジャージ」



と。



それでも最近欲しいと思ったものは「ベット」。

とにかくでかいものが欲しかった。そして購入。

部屋のサイズに合わないくらいの大きなベット。大の字に寝ることができる。(それでもあまる)

自分の部屋にとっては大きすぎるので、生活スペースが本当に狭くなってしまった。



ベットが届いたその日。本当に楽しみで。



「ピンポーン」→「キターーーー!!」



と思ったら生徒が突然8人くらいやってきて。

そのあと届いたベットの上で菓子をボリボリ、ジュースをゴクゴク。

昔、同期の奴がベットの上で爪を切り出してもなんとも思わないし、

あんまりそういうのを気にしない人だけど、

(昔友達の中に「汚い服でベットにのるな」と言われたこともあるなーー)

さすがに「オイオイ」と思ったよ。



あんまり物欲がない自分やけど、秋に購入予定のものがある。



1、ゴルフクラブ

→最近の不調の原因は、自分ではなく、ゴルフクラブが悪いんや。っと言い聞かせている。練習もしてないくせにね。とにかく今のクラブは重すぎるや。

2、液晶テレビ

→大迫力で見たい。以上です。



でもな2に関しては、あまりにも自分の部屋にスペースが無い。んーこれも困った。



リベンジ 2009年06月01日 
松岡 秀樹 

今回、分かったことがある。

それは・・・・自分の勝負弱さ。

ていうか、先が読めない頭の悪さというか・・・。



大富豪では、仲間からは「大黒様」とか呼ばれ、

自分と同じカードがきても、代表は勝つ。

横で見ていて、自分ならば絶対にやらないカードの切り方をしていた。

これが、勝負というか、駆け引きなんやろうな。

いやー代表、強いっす。



朝の将棋。長神君との2戦。

これ自分は本当に弱かった。もう負けが近づいてきたところで、

将棋のコマを「ガシャーン」とグチャグチャにして、長神君に1言、





「引き分けだね。」



と。



本当にガキな自分でした。



来年こそは、負けんぞ!!小田、小宮、紅林。そして以前に自分を負かした江尻。

俺は「松岡だ」。スポンサーじゃないし。



続 ツーリング 2009年05月01日 
松岡 秀樹 

最近購入したバイクで3人でツーリングに

いやーバイクは本当に久々に乗るけど、楽しいね。

「よっしゃー100キロオーバーやー!」

という気分で乗っているが、実際は60キロぐらいしか出ていない。

簡単にベッカムと長神先生には抜かれるし、車にも抜かれるし、

でも自己主張のために信号待ちのときに先頭にいって、青になった瞬間に飛び出す。

そしてまた抜かれる。アホです。

でも、海までの道は本当に気持ちがよかった。

しかし、帰りは地獄だった。まさかの・・・・・・・・パンク。

坂道を重たいバイクをひきながらのぼり、

汗だく。

ベッカムと長神先生は先にいって、修理用具を買いにいってくれたたが、

自分は道が分からなくなって

迷子。

なぜか畑の中にさまよい、農作業をしているおじさんに道を聞いたが、

何を話しているのか全く分からない

不安。

ようやく、ベッカムと長神先生と合流し、応急処置のために泡をタイヤのチューブの中に

入れて、それが自然と乾いてパンク箇所をふさぐものをやったんやけど、

その泡が止まらない、そして溢れ出す、

焦り。(ベッカムは笑いまくってたけどね。)

再び、バイクは走り出したが、またパンクするという、

むなしさ。

もうガソリンスタンドで直すしかなく、バイクを10キロでのり続けた。

そして、まさかの自転車にも抜かれるという、

屈辱。

タイヤが1回転するたびに、おしりが上に浮き、通り行く車から同情する目で見られた

恥ずかしさ。

どれだけ、スタンドに寄っても、バイク屋に行っても、

「うち、バイクの修理は無理」とか、「そのタイヤは扱ってない」と言われる

悲しみ。

嫌な顔をせずに僕を待っていてくれた、ベッカムと長神先生の

やさしさ。

ようやく、僕のバイクのタイヤを直してくれるバイク屋が見つかった、

喜び。

いやー心動かされた1日やった。

そして、さっき、パンクが直ったとの電話が。しかし、その店がゴールデンウィーク休暇に入ってしまうため、

バイクが取りにいけない、

またもや悲しさ。

今日も心動かされてるやないかい。

そんなこんだで、バイクが復活します。ベッカムと長神先生、また行こう。

ていうか、ご飯おごります。ありがとね。



輝け!! 2009年03月04日 
松岡 秀樹 

そのクラスには笑い声が絶えなかった。

 

最後の最後までみんなで笑った。

 

ここまで自分の感情をぶつけてくるクラスは

 

自分の三本木校の歴史上、最高だった。

 

たくさんのことを君たちには話してきた。

 

ドアを壊したときも

 

床にごみがちらかりまくっていたときも

 

テストの結果が悪かったときも

 

それでも3年間明るさが変わることはなかった。

 

12月の冬期講座のあの日から、君たちは本気で走り始めた。

 

本当に力をつけた。

 

単元テスト 英語の実践 「Last together」 

 

君たちの点数にどれだけ君たちの成長を感じたか。

 

間違いなく君たちは変わったよ。この数ヶ月でたくましくなった。

 

いよいよだな。

 

思い切ってやってこい

 

焦らず、ビビらず、不安がらず

 

そんなものを吹き飛ばすぐらいの道を歩んできた。

 

思い切ってやってこい

 

ここでお前らが最高に輝くんだ。

 

そして、また会おうぜ

 

最高の笑顔で



帰郷 2009年01月04日 
松岡 秀樹 

半年振りに実家に帰った。20年以上住んでいたところなので、もちろん道の込まない裏道はいくらでもしって

いる。でも自分は、毎回同じ道を通って実家に。

ここ数年で本当に自分の町は変わった。一番は自分の生まれた市が、吸収合併によってその名前がなくな

ったこと。元々自分は、「どこ出身?」と聞かれると、「尾西」はあまりにもマニアックなので、

「一宮」と答えていたのでなんてことはないが。

小学生のときに基地をつくって、食料やお金をみんなで集めていたあの空き地には今は家が建っている。

みんなでザリガニをつっていた用水路はきれいな歩道になっている。

野球のボールをたくさん打ち込んだあの工場にも今は家が建ち、

毎日のようにボールをぶつけて野球の練習をしていた壁は古くなり、

そこにあったドブもなくなっている。ボールがよくそこに入ってくさいボールを投げていたっけ。

自分の練習法はアホかもしれんが、その壁に全力でスーパーボールを当て、早い打球の特訓。

少しは野球のスキルアップにつながったと思う。

実家に帰るたびに、少しずつ変化していく。

実家を出て、7年という大きな枠で見れば、相当変化した。

自分も同じ。短いタームの中では少しずつで良い。

でも、長いタームの中で自分が振り返ったときに、

「おれ、伸びたな」と確実に言える自分でありたい。

変わっていく町並みの中かで、変わらないものも。

「おもちゃのセンキ」。僕が小学生のころから、ずっと変わらず建ち続けている。

ミニ四駆がブームになったときには、学校が終わった後ですぐにセンキにいき、

いろんなパーツを変えながら、コースを走らせた。

この世代の人なら分かると思うけど、自分の「ブーメラン」は本当に速かった。

自分の変わらないもの。

開拓塾に就職しようと決めたときの気持ち。

働いて数年で自分が決めたこと。

開拓塾をでかくしたいという思い。

まだまだある。

自分はさらに上を目指し成長していきたい。

しかし、変わらない自分の気持ちも持ち続け、大切にしていきたい、

っと思った実家への帰り道でした。



高校時代 2008年12月02日 
松岡 秀樹 

過去のある時期に戻りたいとはあまり思わないが、戻るとしたら、高校時代かな。

たくさんの仲間と会い、たくさんバカなことをした。

今ではほとんど連絡を取らなくなったが、誰かが計画してくれたら、ぜひクラス会にも参加してみたい。

入学して、モテモテだったあいつは、今頃何をやっているのかな。

中学校時代の野球の対戦相手で、3年間「師匠」と呼んでた彼は、結婚して幸せにやってるのかな。

伝令(高校野球で監督の指示を伝えるやつね)でマウンドに来たときに、「何しにきたんや」とみんなに反感を

あびてた奴は、何やっとるんかな。

セミの鳴き声ばかりで出演者の声はほとんど聞こえなかったけど、自主制作でビデオをとったやつは、今は、

子供を撮ることに夢中になっとるんかな。

年に数回、高校時代のことを思い出す。

卒業アルバムで自分が残した言葉。

「笑える人生、だから楽しい」

自分は今の生活を楽しめてるかな。

もちろん、その部分はあるが、本当にそうだとは言えない。

追われてるね、自分は。

いかん、楽しまにゃいかん。追われてる場合やない。

これを意識してやっていこう。

いや、やったるぜい。



昔話し 2008年10月02日 
松岡 秀樹 

大好きだったプロ野球。本当に好きだった。

小学校6年生のときは、年間で30試合は球場に行ったと思う。本当に色々な名場面を見たな。

初めて見に行ったときが、近藤真一のノーヒットノーラン。(中学生じゃ分からんかな)

母と2人で満員の電車に乗って外野で見たのが、球場観戦のスタート。

巨人の斉藤が8回までノーヒットノーランをしていたが、9回に今は中日の監督の落合のサヨナラホームラ

ン。その前に口火のヒットを打ったのは、○○だけどね。(これ分かる人、中日マニア!!)

こんな試合も見たことがあった。

小6になってからは、仲良しの野球仲間だけで球場へ。母からもらった1500円を握り締め、途中でジェット

風船を買って、球場に向かう。僕がチケットを家に忘れてしまって、ダフ屋さんに事情を話したら、安く売ってく

れたこともあった。もう試合が見れないと思って、泣きながらおじさんと話してた。

いろんなシーンを見たな。僕ら世代なら分かると思うけど、

サヨナラホームランを打った彦野が、1塁ベースを回ったところで怪我をしたこと

中村武の2打席連続満塁ホームラン

乱闘で星野監督が巨人の水野を殴ったこと

そんな思い出の中で、自慢できるのは、

クロマティーと握手をしたことと、ディスティファーノからボールをもらったことかな。

すいません。マニアックな話しで。

でも、夢中になれることがあるのって、なんかいいと思う。

野球?もう駄目や。昔のようなテンションにはならん。

アメフト?見るのは好きやけど、もうやれんな。痛いし。

ゴルフ?ちょっと難しすぎるかな。

子供のときのように

なんか無邪気に

何かやってみよう

結果ではなく、自分の未来のために



良き1日 2008年04月07日 
松岡 秀樹 

今日は朝から保護者説明会があった。

4月から新しく入塾してくる生徒の保護者に開拓塾についてたくさんのことを話した。その話しの中の1つが「積極的に発言できる環境をつくる」ということ。

「積極性」というのは非常に大切なことだと自分は考えている。いろんなことで分からないことがあるが、分からないなりに自分で考え、そして積極的に行動することで自分がレベルアップすることにつながっていくと思う。

例えばプロ野球選手だってそう。プロ野球選手になっただけでもすごい。それでもさらに上のレベルを目指して打撃フォームを改造したり、新しい球種を覚えたりもする。もちろん彼らだって分からないこともあるが、それでも積極的に新しいことに取り組み、今以上の結果を残そうとしている。

やっぱり、「積極性」は重要なことであると思う。

そして自分は積極的に取り組んでいる人を見ていると、「なんかいいなー」とほほえましくなってくる。上目線な言い方かもしれないが、なんかいい。友達であっても、職員であっても、生徒であっても。なんか「向かってるねー」という感じがいい。積極的に取り組んでいるときの前向きな心がいいんだろうな。

今日は豊橋本校3年生の授業があった。4月1発目の授業。どんな雰囲気になるかが楽しみだった。そして・・・・いやーすばらしかった。3月から新学年の授業が始まってから1番いい授業だった。問題に取り組む積極性。なんとか答えを出そうとしていた。「分かりません」と言うこともできた。でも君たちはそうは言わなかった。君たちのその姿勢に乗せられるようにして自分のテンションも上がっていった。そして、正解を出したときのあの顔。よかったよ。

今日の授業で自分が大切にしていることの1つが確実にクラスの中にあった。授業が終わった後も、事務室で紅林先生に「ええなー」と言いながらニヤケてた。

今日は本当に良き1日だった。



ホールインワン 2007年08月23日 
松岡 秀樹 

ホールインワン。それはゴルフで1打で穴に入れてしまうこと。

何十年ゴルフをやっていても出来ずに終わってしまうこともある。

ちなみに自分の父は20年ゴルフをやっているが、まだ1度もない。

小学2年生から高校3年まで、野球を10年間やった。

今年も甲子園を見に行ったぐらい野球は好き。

大学で、新しいスポーツを求め、そして、ルールも知らないアメフト部に入った。

大学生にも関わらず、週6回の練習。入部前は週3回と聞いてたのに・・・。

「おいおい」と思いながら、それでも4年間続けた。

そして、開拓塾に入って始めた「ゴルフ」

まだ、「はまっている」まではいかないが、今はこれ。

ゴルフを知らない人のために少し説明すると、各ホールにある穴に決められた打数で玉を入れる。

決められた打数通りに穴に入れば、それを「パー」

1打少なく入れれば「バーディー」、1打多ければ「ボギー」と言う。

より、少ない打数で穴に玉を入れれば良いスポーツ。

こうやって書けば単純なスポーツなんだけど、これが本当に難しい。

さっきまで出来ていたことが、急に出来なくなる。自分の中では同じスイングをしているつもりなのに。

あまりの下手さに、「うおーーー。」と叫びたくなるときもあるが、ゴルフは紳士のスポーツ。これはマナー違反。

これが自分にとっては辛いな。感情を心にしまい続けると、なんかテンションが下がってしまう。

ショートホール。それはパー3(3打で穴に入れればパー)で、一発で穴の近くに寄せれるホール。

ついに自分は達成した。ホールインワンを。いやービビッた。分かるかなーこの気持ち。本当にビビッた。

だって、何百メートル離れてる穴に、しかもその穴が、直径10cmぐらいしかなくて、そこに1発で入るんだよ。

打った瞬間は、「よし、まあまあ穴の近くにいったなー。」そんな感じ。もう振り返ってクラブを置きに行こうと

したら、塾長が、「寄ってるぞ!!」の声。もう1度ボールを見ると、穴に向かってボールが転がっていく。

そして、ボールは穴に吸い込まれた。さすがにそのときは声を上げた。マナー?まーいいじゃねーか。

今日は穴やったけど、1つのものを目指してやっていくのはやっぱり楽しい。その過程ではたくさんの失敗が

あるけど。いつか出来ることを想像して、失敗しても、でも楽しみながらやっていく。いいイメージが大切やな。

こう思い続けるのもゴルフと同様で難しいけど、でも大切なことや。

いやーいい1日だった。

 

 



今、ふと思うこと 2007年02月22日 
松岡 秀樹 

 今日は南校で自分自身、最後の通常授業だった。「最後だなー」と思いつつも、感傷にひたることなく授業をやった。南校諸君。力をつけた。確実にレベルアップした。思い切りがよくなった生徒がいたし、低迷から本来の力を出せるようになっていた生徒もいた。今日、びっくりするぐらいできていた生徒もいた。この2ヶ月間で、伸びたな。あと少しだ。がんばれ。

 鷹丘校。このクラスに入って毎回のように思うことは、約2年前の授業。なんともいえない雰囲気だった。いろいろなこともあったし。(まー昔からいる生徒は何をいっているか分かると思う。)夏期講座の雰囲気の悪さにあきれ、夜の授業で話し合ったこともあった。まーでもな、お前らの英語の力はものすごいぞ。「できた人」と聞いたときに、当たり前のように手が「バッ」と挙がるが、当たり前のことではない。まぎれもなく君たちががんばってきた証。もっと思い切っていっていい。もっと、もっと、もっと力強くだ。マイナスに心を構える必要は1%もない。分かるか?今君たちの持っている英語の感覚をそのままぶつければいい。できるから。

 三好校。まだ点数が伸ばすことができる。(間違いなく)突き進まないかん。もっと力強くな。思い出してみろ。あの3月の単元テストの結果を。よくここまできたじゃねーか。完テがんばったやん。燃えたろうぜ。

 そして、三本木校。教師になって唯一、担当し続けている校舎。いやーねーこのクラスにはたくさんのことを話した。自分の三本木校歴史上最高に。でもなよくぞここまできた。冬期講座から本当にがんばった。18Bの点数。成長したやん。この前の穴埋めの授業。君たちのできに手応えを感じた。冬期講座で配ったノート。もう3冊目に突入している生徒がいる。学年末前に過去の定期テストの問題を全部解いていた生徒。苦手な英語、必死にくらいついてる生徒。不安を抱えながらも力強く前に向かおうとしている生徒。生徒1人1人、置かれている状況、心は違うけども、1つの結果を求めて共に進んでいる。いいじゃねーか。

 別に思い出話をしようと思ってるわけではなくて、これが今年通常授業で抱えてきた校舎。本当にがんばってほしい。本番が近づいてくるにつれ大きくなる不安。ぶち破ってほしい。「駄目かもしれん。」こんな発想は1%も必要もない。そんなことを考えるために今までやってきたわけじゃないよな。

「100メートル走」と同じや。ゴールテープを切るまで後ろを振り返らんでしょ。途中で「はーこんなけ走ったか」とか振り返っていたら、ドベ決定。今はひたすら前を向いて突き進めばいい。

もし、自分自信を振りかえるならば、それは、本番当日、試験会場の席についてからでいいと思う。それは、不安を大きくするものではなくて、自分に自信を持たせるために。過去の自分を大いに褒めてやれ。

いろいろ書いたが、「Last Together」

ここで燃えろ

 

 



「視力2.0」 2006年12月13日 
松岡 秀樹 

12月9日、わずか30分足らずの手術で、約10年前の視力に戻った。本当によく見える。

中学校時代、なぜか眼鏡に憧れていた自分。眼鏡をかけたくて、暗い所で本を読んでいた。友達と遊ぶときに姉ちゃんが持っていたダテ眼鏡をかけていって、無くして怒られたこともあった。

高1のとき、予定通り、視力の低下。憧れの眼鏡をゲットした。銀縁の形状記憶合金で、かなり気に入って買った。

しかし、野球部だった自分には、不便でしょうがなかった。ダイビングキャッチを試みれば、眼鏡がふっとび、ボールを投げようとすると、ファーストがぼやけて投げにくい。雨の日の試合で、フライを取ろうとしたら、レンズに雨がたまり、ボールを見失って顔面に当たったこともあった。(本当に)

こんなありさまっだったから、眼鏡を捨て、高校2年生のときにコンタクトデビューした。

いやー今でもよく覚えとるわー。初めてコンタクトを付けたときのことを。冗談抜きで、なんか新しい世界を見てるような感じやった。普段見慣れている景色が新鮮に思えた。

しかし面倒くさがりやの自分。当時はコンタクトの煮沸消毒が普通だったから、いちいちコンタクトケースを専用の機械に入れて、コンセントにさす。消毒を終えたら、保存液につけておく。いやー実に面倒くさい。これをさぼっていたら、目に「ものもらい」ができる始末。高校時代唯一の遅刻は、これを取り除くための手術をしたときのみ。これがなかったら、「皆勤」やった。(体はこのときから丈夫だった。)最近では消毒液と保存液が一緒になってるやつがあるので、楽になったけどね。

なんだかんだありながら、コンタクトには10年間お世話になった。ありがとう。ついつい水道の水に流してしまったり、勢いあまって破ってしまったり、右・左つけ間違えたり、消毒せず、ばい菌でいっぱいにしてごめんな。

そして、今「裸眼」で「2.0」。コンタクトを初めてつけたときの感覚に似てる。なんか楽しい。東京からの帰り、独り興奮してキョロキョロしてた。隣で、大して盛り上がりもない「小宮」がおった。なんかなーこういう時に、自分はウキウキするんやけどなー。年が変わる瞬間もそう。カウントダウンが始まって、年が変わる瞬間に、「世界で俺しかやってないやろー」ってなことをやりたくなってくる。(壁を支えにして頭だけで逆立ちしたり)

まー話はそれましたが、目がよくなりました。

 

 



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