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Jazzを聴くなんて 2010年02月10日 
岡崎 徹 

まあ、気分なんでしょうか。

生まれてはじめてある人のJazzのCDを購入しました。私はずっとジャパニーズ・ロックを聴いて生きてきた人間で。テレビは全く見なくてもいいんですが、音楽だけは1日たりとも聞かない日はなくて。なので、車の移動中は、FMではなく、ずっと自分の好きなCDがかかっています。最近はまた、エレカシに戻って。

Jazzは、大人の聴く渋い音楽というなんとなくのイメージでここまできていました。これからはまるのかどうかは全く分かりませんが、今日もこの後、家に帰って聴くつもりです。

Jazzには、「活気」という意味もあるそうです。

これから、新たな職員を迎え、Jazzを与えられるだろうね。また、Jazzを与えていこうね。

そして、こどもたちにもJazzを。

おたがいに。



Choo Choo train 2010年02月03日 
岡崎 徹 

数年前の8月、京都の清水寺をちょっと降りたところで、EXILEのATSUSHIに会った。小さな人形やフィギアを置いてある店の前で。周りにレフ板を持っている人や、ビデオをまわしている人、メモを取っている人なんかがいて、芸能人なんだろうなあとのんびり思っていた。と言っても、僕は当時まったく彼を知らなくて、「ボクシングの亀田かなあ」なんてとんちんかんなことを思っていた。妻も知らなくて、「ね、誰かね?」なんて言いつつも僕も知らないので、周りの人に聞きに言った。

「EXILEのATSUSHIという人だって」「ふーん。知らんねえ」「そうね」で会話終了。僕たちは人力車に乗るために石畳を降りていった。

本日、高橋校。中1の生徒が授業終了後、なんか楽しそうに踊っている。「先生も一緒にやろっ」。なんて言われてもねえ、と苦笑していたら、また自分の前で屈託なく踊る、シホとマユ。自分もつられてなぜか踊っちゃいました。リホがすごくウケていたけど。昔はやったなつかしいあの歌。

ときめきを、運ぶよ・・・。「おれが大学生の頃、はやったんだよ」「そうかー、じゃ、先生20年前だね」。

そんなになるのか、とふと時が経つ早さをかみしめました。



地図にない校舎 2010年01月13日 
岡崎 徹 

先ほど、開拓塾の第3の支部となる岡崎中央校に寄って来ました。暗くてはっきり分からない部分もありましたが、そのカッコよさだけは暗い中でもはっきりと分かりました。カイタクのロゴが玄関の上で佇んでいた。

職員室はタイル張りで。声を上げると、誰もいない広々とした空間にこだました。

あまり詳細には触れませんので、ぜひ、支部の職員は見に行ってほしいですね。



教室は2階に位置し、大きな教室が3つともう1つで4教室。

この教室からまた新たな歴史がはじまるんだな。まだ見ぬ子どもたちと僕たちとで。



豊田支部ももうじき3年になる。はじめ、何もない支部にただ机と電話だけがあって。

冷蔵庫をエイデンに買いに行ったな。開き方が逆で、注文をし直したな。コピー機を豊橋から持ってきたが、汚くて、激落ち君で特攻がみがいてたな。入試予想の時、代表が来てスガシカオを聞きながらみんなで予想をしたな。卵かけご飯が好きと聞いて、炊飯器を買いに行ったけど、数えるほどしか使わなかったな。広々とした職員室には机が7つしかなくて。保護者説明会をしたら行った教師の人数の方が多かったときもあった。

あれから、3年。

昨日入った広告で、岡崎中央校、南安城校、前山校、すべての校舎で体験授業、保護者説明会の申し込みがとても順調なスタートを切った。この地でも開拓塾は躍進していくだろう。歴史がはじまるだろう。

3年前、浄水駅の前でおんぼろのアベニールから見た夜空と今日の夜空は変わらなく見えるけど、確かに変わったものがある。

僕らは今、新たな道を歩こうとしている。

そして変わらず合格を目指している。

まだ、地図にない校舎の前でそんなことを思った。



地図にない道 2010年01月11日 
岡崎 徹 

高校入試まであと何日かは詳しくは知りません。

でも、合格させるために必要なことは結構知っているつもりです。

君たちの受かりたいという気持ちを行動に移せれば、君の可能性は上がっていくはずだ。

僕らの受からせたいという気持ちに正しい方向性が備われば、君の可能性を上げることができるはずだ。

マイバトルは続いているんだね。

終わるまでは、走り続けような。

僕たちは、ただ可能性という光を集めて、君たちの歩く道を照らし続ける。

ああ、毎日が試される日々。



合格は幻のように未来に見えてきたかもしれないね。

でも、幻でもなんでもない。

君たちは現実の中を生きている。

合格という現実を手にするために。



僕の目標は毎年同じ。

「後悔しない入試」。これしかない。これしかないんだ。



みんな、力強く、また、一歩踏み出せ。走り出そうぜ。



地図にない道を。



ダッシュ! 2009年12月22日 
岡崎 徹 

昨日は、子どもと3人で出かけたのですが、どこもすごい人出でした。
三好のジャスコも、豊田のエイデンも入る車、出る車でごった返していました。

私は大の混雑嫌いで。
高速道路でもダメだし、ラーメン屋でも行列が出来ていると興味は引かれるけど、寄りません。
コンビニでも混んでいると、よっぽどのことがない限りスルーしてしまいます。
そのときによく思うのが、「まあ、縁がなかったということで」。
気が短いとよく思います。
髪も短いですけどね。

であるから、ジャスコもエイデンもスルーし、フィールに寄り、晩御飯の買い物をしました。
そして、家に帰ると、「!」。
手紙を出すのを忘れていました。

子どもに「一緒に行く?」と聞くと、うんと言うので、私はランニングを兼ねてダッシュ。
子どもたちはチャリでついて来る。

郵便ポストなんてどこにでも、・・・・ないんですね、最近は。

結局駅までダッシュすることになりました。

結構疲れました。子どもの前だから少し飛ばしすぎたかも。


でも、このまま飛ばしすぎで冬期講座もいっちゃうよ。

ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。ついておいでよ。

ダッシュだけで、ともに駆け抜けよう。



卵と紅茶 2009年11月25日 
岡崎 徹 

「先生、卵あげる」

と満面の笑みで三好南中のガールズ。日曜日のお昼ちょっと前。
コンビニでくじかなんかで当たったらしい。
「ちょうど、家に卵、なかったんだよ」と事実をそのまま伝えて卵を受け取りました。

「どうぞ」

と目線を少しそらしつつある男から午後の紅茶(ストレートティー)を差し出された。水曜日の日付が変わるころ。コンビニに買い物に行ったようだ。
「ありがとう」。今そいつを飲みつつ、この文章を書いています。
そうだね、ストレートだね。ストレートにいこう。

季節が冬になり、ダウンを着ることが多くなり、街ではクリスマスソングが流れている。

教室では、テキストを真剣に解き、解説に耳を傾けている塾生たちがいる。
そして、僕らは授業、補習、WEB授業のビデオ撮りなどなど、冬期講座へ向けて歩んでいる。

テストの結果、よければ、いいね。

みんなが頑張った分だけ、結果が出ていれば、いいな。

You are good eggs.

卵が殻に包まれているように。

冬の空気に包まれた僕たちは、その殻を破って、12月へと突き進む。



トコナメ・ナイト 2009年10月26日 
岡崎 徹 

「ドロだんごを作る講座に行かない?」

10月入ってすぐのそんな妻のシュールなひと言から、私たち家族は一路、常滑のINAXの会場へ向かった。
私はあまり気乗りのしない中、まあ、でもいいか、ぐらいのそこはかとない気持ちの中でステアリングを握っていました。到着。

なめたらいけないね、INAX。なかなかステキな会場だった。形容すると、ちょっとしたデートスポットにでもなりそうな場所だった。少し汗ばむ陽気だったので、その中の喫茶店に入り、4人でバニラアイスを頬張った。
そして、ドロだんご作りへと。

なめたらいけないね、ドロだんご作り。ちょっと本気になってしまう自分がいたぞ。今日は子どもたちが主人公なのを思わず忘れそうになったぞ。危ない、危ない。磨けば磨くほど光るドロだんごは少しミステリアス。私の頭はこれ以上光らないでほしいぞ。
会場を後にするときには、夕方前のやさしい陽の光がドロだんごを照らしていました。

ホテル、到着。「子どもの朝食もお願いしたいのですが」。
支配人らしき人のひと言。(ちなみにフォリナー)「OK,OK、潜りこんでください。お金はいいでーす」。ほんとか?なんて大らかなんだ。さすが、常滑?
お風呂に入り、さて、どこか夕食が食べられるところへ。

すごいぞ、常滑。駅前は何もない。大きな塾は2つあるのにね。
戻って、テクテク歩くと、そこには佇まいのよさ気な居酒屋が!やった!宴会だ!
だし巻き卵、刺身などとてもおいしい居酒屋さんでした。ごちそうさま。

ホテルへ帰り、子どもと珍しくテレビで映画をずっーと見ました。
明日は、セントレアに行こうね、と約束して寝ました。
常滑の夜は静かに静かにふけていきました。



サイレンススズカ 2009年09月24日 
岡崎 徹 

断っておくが、今回はマニアックな話です。
僕は、競馬が好きだ。
テニスも好きだが、競馬の方が上だと思う。バーボンも好きだが競馬の方が上だと思う。

頂点だったときは、中京競馬場に1人で月2,3回行っていた。1人で行って、1人で負け、1人で電車に乗って豊橋まで帰っていた。電車の中では、ブックをずっと読んでいた。

思い出がいくつかある。その中で、一番の思い出は、十年ぐらい前の金鯱賞(中京芝2000m)だ。確か一人で中京にいたと思う。出走メンバーは(マニアックな話ですみまそん)、ミッドナイトベッド、マチカネフクキタルなどがいたと思う。当時ずぶの素人の僕は、休み明けの馬の状態や馬体重、前走の上がり3ハロンのデータなどまったく分からず、何となく金を賭けていた。実はそれで、やや勝っていたと思う。

その中に、奴がいた。そう、ここで、タイトルが登場する。サイレンススズカだ。前走は確か、小倉大賞典1着。
びっくりした。中京の左回りのコース。僕の目の前をまず、1番手で通過したスズカ。確か緑色のメンコをしていた。そして、向こう上面で、10馬身、15馬身と後続をちぎる、ちぎる。周りのオッサンが言う。「ありゃ、飛ばしすぎやで。持たんで」。僕もそう思った。4コーナーを回り、スズカの後続が少し迫ってきた。オッサンがまた言う。「飛ばしすぎたんや」。でも違った。スズカはそこから更に後続を突き放した。そして1着でゴール。だいぶ後になって、ようやく2着の馬がゴールに。

僕はびびっていた。なんだ、この馬は。なんで、こんなに速いんだ!
横にいた奴が言った。「次の宝塚(宝塚記念=阪神芝:2200m)じゃ、逃げ切れないなあ」。
僕は、思った。『スズカは宝塚で来る。こんなにすごい馬なんてほかにそうそういるもんか。』
僕は、正しかった。とても正しかった。スズカは宝塚で1着に来た。でも、僕の馬券は外れた。2着を当てられなかったからだ。
スズカは、毎日王冠でも勝った。

そして、満を持しての天皇賞・秋。もちろん、スズカに賭けるしかない。そして、結果、また僕の馬券は外れた。今回の理由は、走行中、スズカがケガをしたからだった。競争中止。確か骨折だったかな。僕はそれまで競馬のゲームぐらいでしか知らなかったのだけど、骨折した馬は、安楽死させるらしい。生きていけないからだ。スズカにもその処置がとられた。

競走馬は、毎年何千頭も生まれる。走るために、調教を受け、ムチを入れられ、徹底的に厩舎で管理される。それでも、脚光を浴びるのは、ほんの数十頭。名前を覚えられる馬は、ほんのわずか。走らなかったら、罵声を浴びせられ、走ってもその栄光の時は、2,3年しかない。

馬券が外れるより、スズカの悲報が残念だった。そのとき、思ったな。スズカが好きだったんだな。スズカの強さが。多分、自分の中にはない、もろくて折れそうな、強さが。そして、スズカは本当に折れてしまった。

それからも、好きな馬はいた。しかし、スズカを超える馬はいない。

好きな馬がいると、競馬は勝てない。なぜなら、その想いは馬券で勝つのに邪魔になるからだ。
僕は、そう言い聞かせている。好きな馬なんかいらない。そして、今、好きな馬は僕にはいない。

それなのに僕は、いまだに、競馬で負け続けている。



空に夕日がきれい 2009年08月09日 
岡崎 徹 

今日の夕方。夕日が綺麗だった。
「お疲れさん」と私。
生徒は疲れていただろうに、みな一様に何かをやり遂げたように。
達成感がその表情を覆い尽くしているような笑顔だった。
何人かの子が僕が挙げた左手にハイタッチして帰っていく三好丘校。

その一人、テッペイ。
彼が今日10時間に及ぶ日帰り合宿の「暗記マシーン」の頂点に立った。
12枚のプリントを限られた時間の中で次から次へと覚えていく「暗記マシーン」。その前には、学診対策もあって。そして1183点を叩き出した。
おめでとう、テッペイ。
思えば、中1のときから、君はいつも頑張り屋で。「国語が苦手な子は水曜日に3時間補習をやるぞー」と言った時もクニと一緒にやって来て。三好丘校のてっぺんはいつもユメナがいて。時にそれはケンタロウになったりしたこともあって。でも、今日はとうとう君が来た。

そして、高橋校は、アスカで。
おめでとう、アスカ。アスカはカイタクが大好きで。
そしてそれを隠そうともしないで。Tシャツを欲しがり、たこ焼きパーティーが終わった後には、恥ずかしいこと黒板に書いてくれたり、高橋校の通信の文章を褒めてくれたり、授業中僕の右手にちょっかいを出したりする。そんなことを思い出しながら、今日は君の1位をかみしめた。

小田先生も中央校、ありがとう。
みんなもお疲れ様ね。

夏から続く3月への旅が今日から始まった。そんな想いが頭によぎった夕暮れどきでした。



今日と矛盾を乗り越えて 2009年07月19日 
岡崎 徹 

セブンイレブンの広い駐車場の片隅に腰掛け、帽子のひさし越しに空を見上げる。
1時間が経ち、何の気なしにひとりごとをつぶやいてみた。
くわえたタバコも一緒に空を見上げ、煙が目にしみそうになった。
星が見えない空だった。
さっきまでは花火が見えていたのに。
最後のタバコを吸い終わり、車に乗った。助手席には、またミルクティーなんかが乗っていた。
高速道路のインターチェンジの前で信号が赤になった。
僕の携帯電話も同じ色をしたまま、黙っていた。
夜の闇の中、夏なのに寒々とした光を僕の車が追い越していく。
アクセルをキープしたまま、白や黒の塊をパスしていく。

そんな僕に、飛び方を忘れた鳥、とMisiaが歌ってくれた。そうかもしれない。
僕らは、その昔、純粋で無邪気で果敢で。
いつしか、不純で、邪気を帯び、臆病になって。失敗を恐れて。
明日のことを考えすぎて。一瞬の刹那に身を委ねても、ちょっと経つと冷静きわまりなくなって。
守りたいのに、攻めていったり。
好きなのに、好きじゃないと言ってみたり。
気を遣うのが下手なくせに、上手ぶったり。
マジに考えているのに、バカなフリをしてみたり。
よく分からないと他人から言われてまた気付く自己矛盾。
分かっているけど、昔、どんな飛び方をしていたのか忘れてしまったんだ。

携帯が鳴った。
僕の左腕が動いて、君のメールを見る。
右腕とか、小指とか、おもしれえなあ。ありがとう。

まだ、Misiaは歌っている。
僕は、少し笑った。
そして、少しミルクティーを口に含んだ。
僕は今日も今日を乗り越える。
明日が来ても明日を乗り越えるだろう。

明日は、きっと空に星がきれいに瞬いているだろう。



Rock Me Baby 2009年07月13日 
岡崎 徹 

土曜日、岐阜に行ってきた。

僕にはもう親友と呼べる友達が多くはなくて、それでも、存在してくれている友がありがたくて。遠くにありて、逢うとすぐに過去を運んでくれるかれら。今の自分が世間でどのように見られているかを教えてくれるかれら。

逢うまでが楽しみで。長久手から高速に乗り、レクサスとランデブーしながら、「オー、ロックミーベイベ、トウーナイト」とハミングしながら大垣のインターで下りた。

数年後、小さいながらも大垣でしっかりと根を下ろす電材会社の社長になる彼とは、高校時代からの付き合い。そんな彼には2人の男の子がいる。

僕は先週買ったばかりのJボードを「おっちゃんとやってみるか」とトランクからおろした。そのとき、予想通り、ハマショウのJ-BOYが話題になった。子どもよりも一生懸命にトライする彼。高校時代から運動ができた彼はこれも予想通り、すぐに乗れるようになった。彼の子どもも貸して、貸してと。そして、クイックターンに挑戦した僕は空中に舞い、「岡崎さん、ターンなら教えてあげるよ」と言われる始末。

「買うわ、これ」。彼はそう言って僕の横に腰を下ろした。

風呂に入り、マッサージの至福のひと時を経て、野郎2人で小洒落た居酒屋に赴いた。

彼は目を細めて言う。「俺の右腕のノリがね」。

もう2年間、逢うと必ずノリの話が彼の口から出る。ずっと目にかけているんだろう。成長して欲しいんだろう。よく知らなくて申し訳ないけど、ノリには頑張ってほしいという気持ちになる。ファイト、ノリ!

僕の右は、左腕は。2年前。かれらの顔がすぐに浮かんだ。良かった。

「お前の支部って、今校舎いくつ?5だったっけ」

「12」と即答。「えー、そんなに増えてんの?従業員数は」。これも嬉しかったです。

2件目は土屋アンナに似た(少しですが)ママがいるショットバーへ。あー、ここでよせばいいのに、バーボンのウンチクをつい言ってしまう、ダンディになれないボク。

「エライジャ・クレイグをロックで」。ママはとても50歳アラウンドには見えなくて、びっくりしました。チョコレートがおいしかったです。

タクシーで3件目、カラオケへ。よせばいいのに、また僕も彼も飲む、飲む、飲む。そして、彼、歌、うまいんです。1曲目「Hanabi」、上手でした。僕も歌いました。「僕の右手」。

2曲目の彼は「エソラ」で。本日2度目の「オー、ロックミーベイベ、トウーナイト」。

彼の知り合いのおもしろくて、とても性格のいい子も合流して。まあ、もうやけくそで歌いました。朝5時すぎまでだお。でも、酔ってないんです。積み上げられたビールの缶を見つめながら、強いなと久しぶりに思いました。



外に足を踏み出すと、朝が僕らを迎え、絵空事のような夜はあっという間に終わった。

11時に起きると、ダメですわ。二日酔い。カラダは素直だなあ。



また、逢えるよな。そのときには新しいステップを踏み出している自分でありたいな。






頂上決戦 2009年07月10日 
岡崎 徹 

本日、広田校。

多かったねって、何が。そう、体験授業の生徒たちが。教室いっぱいにあふれかえっていた。

ありがとね、来てくれて。

ありがとね、みんな夏期講座来てくれて。開拓塾、選んでくれて。

1回の授業では分からない。もちろんそう。でも、1回で分からないととあきらめたら10回あっても分かりはしない。

通常生もありがとね。君ら、明るくて、無邪気で、盛り上げようとしてくれて。

特にお礼を言っておくよ。マホ、サンキュー!アヤナ、サンキュー!セクシー、サンキュー!



そして、教師は万全の布陣。我らが広田校校長、ミスター、吉田。絶好調男、目力、阿部。そして、最近年甲斐なくハッスルしている、アラフォー岡崎。

これでもか、これでもかと熱く、暑苦しい、そして多分楽しく、確実に分かりやすい授業をしました。



そして、事務室での歓喜のハイタッチ、そして握手。

これで広田校、いよいよ開拓塾、№2の校舎へと。

いろいろあったね。本当にここまでだけでも。29名スタートだった、この校舎が、今では。

いろいろあったのは、豊田がスタートではない。

そう、豊橋がスタートで。

君たちとは、中浜校で一緒だった。

思い出す、2000年を。

2000年、君たちと中浜校で一緒だった。

その想いをこめて、君たちと握手をした。

9年の年月を経て、ハイタッチをこの広田校で、した。

あのころは、お互いに下手で、不器用で、何もできない3人で。

でも、ここまでのことができたのは、きっと僕らが成長したからだろう。



「頂上決戦」。まあ、ほんとうにそうかどうかは少し置いといて、気合いは入ったな。

そして、下馬評を覆して、私の勝利。

うれしかったが、もっとうれしかったのは、9年の歳月を経て、君たちに負けたくないと思えた君たちの成長だ。



自分のバカさと、過去と、一緒に歩んできた人とをすべてひっくるめて、振り返り、僕はまだ進んでいけると思った。

未来に射す光が見えた、7月9日だった。



感性の欠落者が思うこと 2009年06月22日 
岡崎 徹 

私は、感性が鈍い人間ではあった。欠落しているとまで感じるようになったのは最近のことだ。
楽しい、うれしい、哀しい、怒り。それを「喜怒哀楽」というが、それもやばくなってきたなと感じ始めた昨今。
原因ははっきりしているので、以前ブログで書いていた、「過去を振り返らない」人間からの脱却を図らないと、と思っている。かといって、未来をみて仕事をバリバリしているかっこ良さも兼ね備えていない。自分の時間軸は現在でいつも主観的。フェイント程度の少しの未来に飛び、そしていつも現在。ビコーズ、視野が狭い。

そんな私にもたまにはうれしいことはあるわけで。
私は、出歩く時、豊田よりも長久手や名東区に行くことが多い。豊田のアピタでもいいけど、車で走る時に、長久手に抜けていく方が走りやすいんですね。ボルビーでキビキビと今日もアピタに着いた。(ちなみに、長久手のアピタには「くくる」があります)
いちおう、父の日なんでネクタイなんかも買ってもらったんですが、それより、妻に似合うTシャツがあったんですね。原色ではなく、ちょっとかすれたインディゴブルーのものが。印字されている文字がピンクで、カッコよくて。「それが、いいよ。買いなよ」って私、言いました。「うん、いいね」と即決。
妻は子どもにも「1つ買っていいよ」と。なんか楽しくなってきました。
子どもと一緒に服を選んでいる私。
すーちゃんは「パパ、これがいい」。「うん、いいよ」。
あーちゃんは「パパ、これとこれと2ついい?」「なめんなー」「やっぱ、だめー。エヘヘ。じゃあ、こっち」。
この後、子どもはコンコン靴(注:ハイヒール・・・歩くとコンコン音がするから)も買い、ご満悦。

感性の欠落者である私も、今日を振り返り、楽しかった。日々、何かしらの感情が去来しているはずで。それを流しっぱなしにせず、受け止めていけるだけの余裕を持ちたい。過去を振り返るときには、もう少し感情的でありたい。忘れかけそうになっていて、でもちょっと胸の入り口に引っかかる、そんな出来事も記憶していきたい。



こんなに頑張る子たちだと、分かってなかったアホな僕 2009年05月12日 
岡崎 徹 

今日は猿投校で学力判定テストの監督。
3月開校したばっかりのこの校舎の子たちにとって、初めてのテストになる、この学判。
欠席者ゼロ。3分前には全員揃った。
それだけでも、なんて言うんだろ、みんなのわくわく感、ドキドキ感が伝わってくるんだよなあ。
1時間目、英語。「はじめ!」の指示に、いっせいに解き始める生徒たち。カリカリ音が教室中に響いていく。
2時間目、社会。「ん?」何人かの子が筆記用具を置いていた。そんなに早く解けたのだろうか。見回っていくと、確かに全部書いてあった。次々に筆記用具を置いていく子たち。見直しをする子、見直しまで済んで手持ち無沙汰な子。これは、ひょっとして・・・。
早く採点がしたくなった。

生徒が帰った後、真っ先に中1から採点を始めた。すごかった!
カノウを筆頭にみんなよく頑張ったなあ。
中2じゃ、トウマがしっかり勉強してたなあ。トウマとはこの前はじめて2人きりで話したけど、燃えているねえ。中3は、ナカキタ、カナオ、ヨシキ、スギが光っていたなあ。カナオのこの前のセリフ、「終わって見ると、いいとこいきますよ」ってちょっとカッコ良かったけどな。

正直、教えてまだ2ヶ月。授業だってまだ7回。

こんなに頑張る子たちだと、分かってなかったアホな僕は、衝撃を受けた。
ただ、その衝撃は、とても心地よく僕の体をあますことなく包んでくれた、ような気がした。
よって、今日の支部へ帰る道のりの車中はハッピーでした。
そして、再び。1年ぶりに。
あの時は、三好丘校の帰りにかかっていた曲。
Super flyの『ハロー、ハロー』が改装中の猿投コミュニティーセンター前でかかった。
自然と左手が動き、少しだけボリュームを上げた。



ing 2009年04月23日 
岡崎 徹 

春休み1日目。おいでんバスに乗りたいと言う妻のひと言で、足助に行った。
足助のバス停に着き、しばらく絶句。百年草まで歩き、ソーセージを食べ、また香嵐渓までバスで戻った。散歩しつつ、途中でお弁当を広げて。ビールはまだ早かったな。

2日目。鷲ヶ岳にスキーへ。ICを通過する時、高速料金が安くてびっくり。久しぶりのスキーを楽しんだ。

3日目。子どもたちと釣堀に魚釣りへ。パパの面目を保ち、何とか1匹釣り上げる。

4日目。子どもたちとプールへ。背泳ぎができるようになった子どもと、平泳ぎしかできない私。

5日目。家族で京都へ向かう。ホテルへ到着後、近くの三十三間堂に顔を出す。思ったよりもすごくてびっくり。夜は居酒屋へ赴き、大宴会。ブリカマがうまかったなあ。

6日目。円山公園から清水寺へと家族4人でぶらぶら。久しぶりにカメラを首にかけ、いろんなところでパシャ、パシャ。桜もなかなかゴージャスだった。途中寄った麺屋の中華そばがとても美味しかった。帰りに大道芸人がいて、びっくりするほどの芸を見せてくれた。芸の途中、その人に呼ばれ、とことこ前に出た私は、火のついた棒を投げる係を仰せつかった。自分でもびっくりするほど、ナイススロー!辺りから大きな拍手をもらった。

walking, skiing, fishing, swimming, drinking, throwing

この春はいっぱいのingをした。
ここから自分の好きな季節がやってくる。
この前買ったデニムがきつくならないようにしなきゃ。



今日思ったことを素直にしたためると、 2009年03月25日 
岡崎 徹 

3人に長々と暑苦しいメールを書いた。

あれから、1年。



ここ3日間、嬉しいことが続きすぎている。

日曜日。望月先生と一緒にやった保護者説明会。三好中央校、三好丘校、高橋校。どの校舎も100%の保護者が入塾を決めてくれた。さすがの模擬授業の望月先生。



月曜日。高校入試合格発表。

次から次へと合格の喜びが続く。うっすら涙顔のチハル。抱き合ったアツシ。握手できたな、ワカナともモモコともユイともミヤシタとも。握手できるとは正直思わなかったよ、ミズキ。みんな、おめでとう!

さすが、開拓塾。さすが、オレ。1年に1回くらいはいいよね。こんなバカ丸出しのトークをしても。

本当はもちろん、分かっているよ。さすが、我が塾生。さすが、開拓塾だよね。でも、1年に1回くらいは勘違いさせて。あたりまえだが、嬉しいよ、合格は。何にも代えがたい。俺ら、これだけのために生きてきたから。また、大袈裟トークかな。でも、みんなこれだけのためにやってきたんだよ。開拓塾はそういう教師の集まりなんだ。塾長を超筆頭にして。暑苦しいことを言わず。受験生であることを自覚させるために授業をやってきたわけでもなく。アリバイ作りの補習なんてそこには一切なく。ただただ、お互い心が1つなだけで。だから、朝まで補習ができたわけで。

やりすぎたかな、高橋校は。まあ、許してよ。セブンイレブンと中華料理屋でのランチで。やりすぎたよね、豊田本校は。小宮校長は。でも、みんな受かったよね。日曜校舎、大変だったよね、大林校、刈谷本校。でも付き合い(付き愛?)いいよね、吉田校長、阿部校長は。伊藤副校長も温かくて。補習なのか、通常なのか分からないくらい授業があって。ごめんよ、三好丘校。楽しいトークも一切なく授業ばっかり、補習ばっかりする校長で。でも、みんなよくついてきて。江尻校長の北校はフィナーレみんなで歌を歌ったってね。北校は多分豊田で1番温かい校舎だったんじゃないかな。

2年連続、高校入試で成功した。これは俺らの誇り。



火曜日は、日本の誇り。WBCで日本が優勝した。これも嬉しかった。イチローはずっと好きな選手だった。名電時代から好きな嫁さん(イチローと同じ歳)には負けるけど、僕だってオリックスの時からは好きだったんだ。延長10回。センター前ヒット。思わず「よし!」と叫んでしまった。いやー、本当に良かったなあ。



ネットで頼んだバーボンが3本届いて春休みへの備えもできて一人ニヤニヤ。



そして、本日高橋校、体験授業で来てくれた多くの子。ありがとう。



あれから、1年経った。忘れもしない。3人とも本当にありがとう。

僕は、みんなに感謝の1年でした。でも最後に調子こくと、



さらに明日、三好中央校で新たなる旋風を巻き起こす。ガンバルデ。



2009年03月11日 
岡崎 徹 

三好中央校ではじめて教壇に立った。

新しい黒板、チョーク、そして笑顔と真剣なまなざしが、そこに。



その4時間前。三好丘校3年生、最後の授業。

早口で問題解説をする自分と、一生懸命に聞き入る生徒たちが、そこに。

センチメンタルな気分には到底なれず、ただただ、明日の成功を願うだけ。



君が明日、力を出し切ることを。君が頑張ってきたすべてが1つの○に集約されていくことを。ともに戦ってきたと胸を張れる今日までの日々。頑張った自慢をしているわけではない。もちろん、慰めているわけでもない。結果の前にまず、君の頑張りを認めているだけだ。

心は1つ。

君がすばらしい結果を望んでいるように、僕らも。



3月12日、Bグループ。

Believe your success.

Because you are Kaitaku students.




ギターの弦 2009年02月17日 
岡崎 徹 

どうも、岡崎です。こんばんは。



私の妻が最近、ギターの本を買い、弦をはりかえ、張り切ってギターの練習にいそしんでいることを聞きました。土曜日、三好丘で「バレンタインデー補習」をやった後のこと。



私に似て、何でも笑ってごまかす習性のある2人の子どもに手を焼いている妻のささやかな息抜きとしてはいいんじゃないかと思いました。



ラーメンを食べている人を見るとなんだか食べたくなるのと同じで、私も何年ぶりかにギターの弦を張りかえることにしました。



「なんで6弦と3弦がいっしょに入ってるのかねえ」

「たぶん、区別しやすくしてるんじゃない?」

「そうかあ」

なんて会話をしながら。



ああ、調弦のとき3弦が切れ、(本当に不器用なんです)また、張り替えることに。



そして、久しぶりにギターを弾いた。



昔、塾長に教えてもらったなあ。

あのとき、塾長の部屋でジャンジャン弾いて迷惑だったろうなあ。

しかし、広田先生のフルボリュームの「Everything」は、壁が揺れていたなあ。

去年、広田校で吉田先生と「終わりなき旅」をやったなあ。

結婚式でもやったなあ。練習もろくろくしないで。

結婚式、遅刻したなあ。



シンヤの前でも、あずさの前でも、タツヤの前でも、ユリナの前でも。

弾いたなあ。

ベッカムも弾いてくれたなあ。



ギターの弦は、新しくなったけど、思い出は残ったまま。



ギターの思い出を胸に、また、僕は一歩踏み出す。



Milk tea 2009年02月01日 
岡崎 徹 

本日、正確に言うと、1月31日、開拓塾説明会と体験授業があった。



多くの保護者の方に集まっていたいただき、そして入塾をきめていただき、ありがとうございました。



刈谷東校、猿投校、竜美校、三好中央校。

何の心配もない。これから、開拓塾はこの地でも大いに躍進するだろう。



長神先生もありがとう。



今僕は自宅の仕事部屋から、浄水場を眺め、そして、明日の保護者会に思いをはせた。



聞かないという選択、究極の信頼関係のビジョンを読み直し。



アントニオ広田のブログを読み直し。



不謹慎かな、競馬の予想も少ししながら。

(私は実は競馬が好きで、今年は私の中では絶好調。ただし、ギャンブラー小宮先生と比較にならないですけど。彼には、生涯勝てません)



箸本先生、紅林先生と豊田で保護者会をしたというシュチュエーションの妙に感じ入りながら。

(だってねえ、こんなシュチュエーションは、少なくとも2年前なんて想像つかなかったから。いい説明会だったと思います。お疲れさまです)



保護者会の移動中、ミスチルの「gift」をずっと聞いていて。

大晦日の紅白を少し思い出していた。

この曲は、吉田先生もお気に入り。

やっと、ミスチルの良さが分かってきたかな。

パラダイス銀河もまた見てみたいな。



Milk tea.

「君を、強く抱きしめると・・・(歌詞違っていたらごめん)」

広田先生の究極のラブソング、「Milk tea」はもう3年以上聴いていないなあ。

私は、とても大好き。

多分、江尻先生も。夏目先生も聴いたら、きっと気に入るよ。

また、合格発表のときにでも聞きたいなあ。

そうなる合格発表だったらいいなあ。



Milk tea.

高橋校でエアコンが壊れ、震え気味の私に温かい差し入れ。

「どうぞ」

とMilk teaを目の前に置いてくれた。

びっくりした。



彼は、支部で全員の職員の靴をそろえ、帰社する。



人に優しい君は、きっと、そのやさしさとひたむきさで、生徒に。



きっと、Milk teaのような温かさで生徒に。






We can 2009年01月09日 
岡崎 徹 

先日、ある生徒が豊田西高校を志望していることを聞いた。その子は中1。
医者になりたいからだというのがその理由なのだけど、私とは違って立派な子だと感じた次第で。

21歳のころの私は、まだすべて真っ白な状態で。
日々、気の合う仲間たちとドライブをし、歌を歌い、お酒を飲んでいたわけで。
どうでもいいですが、このころが一番、酒が強かったなあ。
そして、一番何も考えていなかった。

一番の関心事が就職ではなかった。
でも、就職をしないわけにはいかなくて。

そこで、12月にホノルルマラソンから帰国した私は、重い腰を上げ「就活」を始めた。
神奈川に行ったり、大阪に行ったり、浜松に行ったり。
浜松は行くのが楽しみで。
理由は、岐阜の親友の家に行き、朝まで飲めるからなんて不純な理由で。

それでも、6つ受けて5つの会社から内定をもらった。
今思えば、運のいいことに「学生有利」の相場。

塾に決めたのは、理由があった。
でも、それはさておき、学生時代はバイトばかりやってたな。
旅館の食事出しから、電気屋、スナック3軒、不動産屋など。そして塾もやった。

その塾のバイト。今考えるといい加減極まりなかったなあ。
1日前に予習して、予習したものを見ながらの授業。
ちょっとおもしろい話をして、夜に生徒への電話がけ。
私なんかまだいいほうで、予習せずに授業やってる奴もいたんだからね。どうやってたんだろ。
それでも、人気だけはまあまああって、時給は跳ね上がっていった。

そういう私も就活でバイトを引退することになって。1月末だった。
「今日で最後」と言わずに最後の授業を終え、入り口で生徒を見送る私にアキコがひとこと。

「先生、わたし、入試までめちゃくちゃ頑張るからね」と。

そんなセリフを今まで一度も言わず、冗談ばかり言っていたアキコ。
笑顔で返すことなどできず、今もそのシーンは心の中に残ったまんま。

そして、だから、かもしれないが私は塾を選んだ。
「自分はできる」といういい加減な根拠のない自信と好きか嫌いかだけの選択で。

そして不思議なことにずっとこの職業を続けている。
昔とは全く違う気持ちで。

人生の分かれ道などと俗に言う。
もう1つの人生の自分を見てみたいという人もいる。
ないものねだりなんだろうが、自分はまったくそんなことを考えたことがない。
しあわせなんですね、と言われるかもしれないが、確かにしあわせなんだろうけど、でも少し違う。
もう自分のことで精いっぱいで、そんなこと考える暇がないのだと思う。
もう人生どうのこうのの前に、目の前にいる人たち、そして自分が関わっていこうとすることにとても主観的で客観的な目線で静かに振り返れないのだと思う。

授業、生徒たち、合格。
研修、教師たち、仕事。

時に目まぐるしく、時にお互いを認め合い。
そして同じ志をもった者たちとともに突き進んでいく。

佐野元春は「つまらない大人にはなりたくない」と歌ったが、自分はどうなんだろうな。
でも、大人も結構楽しいな。


豊田西高校。今年も全力でわが塾生を合格へと。

もちろん、すべての高校を受ける塾生も合格へと導く。



キャサリン 2008年12月15日 
岡崎 徹 

「Everything」(Misia) 。「愛をこめて花束を」。
どちらも無理な曲だが、昨日カラオケで歌いました。
消費カロリーだけ豊富で、おまけに涙も出てきました。


そんな私だが、たまに君のことを思い出すことがあった。

4ヵ月後から、君は岐阜へと夢を掴む日々を歩くんだね。

「追われルナ、追え」
この言葉が、心の支えになったと、何度も伝えてくれた。

今では箸本先生が張っている校舎でまだ自分が教えていた日々。
あるとき、何の気なしに黒板に書いて伝えた言葉。
それをずっと覚えて忘れない君。

昨年、豊田市駅に現れた君は、まるで辺りを静まり返らすかのようなファッションで登場した。
しばし、驚いていたけど、君は周りをあまり気にせず、とことこ駆けてやってきた。
差し入れのプリンを片手に。

今でも豊川校の外灯が気になる君は多分、そのままで高校3年間を過ごしたのだろう。
そして多分、あの卒業生代表スピーチをしてくれたときのように、高校でも、友達と。
開拓への想いも色あせないままで。
来年も卒業パーティーに来る気満々で。

すべて、変わらないわけではないけど、
すべて、変わるはずもないよね。

子どもはすぐに大人になろうとするのかもしれないけど、じっくりゆっくりなればいいと思う。
早熟よりは晩成で。
ゆっくり、じっくりと。大器晩成だしね。

知らなければならないことはいっぱいあるのだろう。
でも、本当に知らなければならないことは、数多くは、ない。

デザインのアドバイスなんて何1つできません。
そして、君の人生へのアドバイスも。

ただ、君は、まあ、こういうと照れくさがるだろうけどなかなか根性がある。
まあ、そしてなかなか偉大な人間だよね。

なろうと思ってなれないことはいっぱいある。
やろうと思ってできないことも。

でも、君ならできることがいっぱいあるだろう。
その根性で。
そのまっすぐな人間性で。
じっくり、ゆっくりと。


合格、おめでとう。

花束は贈れないけど、3年前と同じ言葉を、また、君に。



8月の川で 2008年11月19日 
岡崎 徹 

冬にさしかかろうととする今夜、8月のとある一日のことを書こうと思う。

その日は家族で豊田の山奥の方へ。
森を抜け、太陽が輝くまぶしい場所へ出た。
そこには、せせらぎが今にも聞こえてきそうな、鮎が今にも飛び跳ね、銀鱗が川面に躍りそうな川があった。

ジーンズのすそをまくり上げ、ひんやりとする川へと入った。しばしの休息にするつもりが。
「よーし。魚を取ろう!」
子どもの前では、いいかっこしいの私。
いつもの思いつき発言と笑われず、家族4人で魚とり。

でも、これがなかなか採れない。網ですくおうとする。魚がするりとかわす。じっと、待つ。魚は涼しい顔で戻ってくる。さっきよりも素早いスピードですくおうと試みる。またしても魚はかわす。また、じっと待つ。この反復動作をお互いに続けること、10回以上。

ややあきらめモードの私は、大きな石に腰掛け、ちょっとした疲労感に身を委ねながら、川のせせらぎを聞いていた。鮎釣りに来ていた釣り師たちの長い竿が弓のようにしなっている。キラキラと川面のさざなみがキレイだった。

私よりさらにあきらめモードの子どもは違う遊びに興じていた。

ふと、子どものころの記憶がよみがえった。
魚とり作戦、奥義。名づけて『石積み作戦』。
川のほとりの流れが緩やかな場所に左右に石を積み上げ、上流のところはせまく、下は広く開ける。
そして、下から入ってきた魚がいれば、網で下から遮断し、驚いた魚が上にも左右にも逃げられず、網に入るという素晴らしく原始的な作戦だ。
さあ、これで今日も「パパ、すごい!」が聞けるかな。
みんなで石を積み、準備完了。

しかし。魚は用心深く、なかなかトラップに入ってこない。あと少し、もう少しというところにいる。
しかし。辛抱強く待っていた甲斐があった。偵察部隊の魚が1匹入ってくると、続けて2,3匹が。
今だ!
下から網を差し出した。
しかし。
魚は左から逃げた。あらまあ。積んだ石に隙間スイッチがあったようだ。

今だ!しかし。今度は魚は右から逃げた。

今だ!しかし。
そんなことを繰り返し、結果は見事に0匹。
どうやら、仕事同様、コンセプトに問題があったらしい。

温泉宿に一泊し、次の日も午前中から魚取りに行く奇特な我が家。

そして。「とれたよー」、と妻の声。
なんと、一気に2匹ゲット。

「ママ、すごい!」
網の中に、キレイな銀鱗がキラキラ光っていた。


この日をなぜか今夜、思い出した。



夕暮れどきに 2008年10月01日 
岡崎 徹 

2度寝から目覚めると、妻も仕事に行っていて、ひとり。

咳をしなくても、ひとり。

携帯でメールを2つ打った。

2つともあっという間に返信があった。

さあ、始動だ。



コンタクトレンズと眼鏡を買いに、248号線へ。

「実は、今日からこの店に転勤になったんです」

笑顔のさわやかな店員が、僕に言った。

2つとも、あっけなく買い終え、お昼ごはんを買い、家に戻った。



仕事帰りの妻にお茶をいれ、2人でごはんを食べた。

妻の仕事の話に耳を傾けつつ、子どもの帰りを待つ。

3時30分になり、「ただいまー」。にぎやかな子どもの声。

今日はプールの日。

大急ぎで、支度をするわけでもなく、2人の子どもはきゃっきゃっと笑い合っている。

少しせかして、車に乗せ、本日2度目の248号線へ。



そこには、今日の日の名残があった。

黄昏の前のほんの一瞬を空が切りとって、人にやさしくほほえんでいるかのような。

夕暮れ時ってついついテンションが上がってしまうときがある。



『2人で 写真を撮ろう・・・』

子どもたちの好きな歌が流れてきた。

「一緒に歌おうか?」

「うん。歌う」

3人でその歌をずっと歌った。車は進む。

途中で英語の歌詞になった。

僕は適当に歌詞をでっち上げて歌っていた。

「そこだけ、歌詞がわからないんだ」とアヤカが言う。

「パパも適当に歌っているんだよ」

「うーん。テキトウデモウタエナイ・・・」とスミカ。

そして英語の部分が終わり、また3人で熱唱。

そして、しばらくして到着。



帰りに3人で手をつないで、ジャスコに寄って夕食を買って帰った。

車に乗り、家路へと。

サンルーフを開けると、そこからは星が2つ見えた。




Over the brigde 2008年08月10日 
岡崎 徹 

橋をこえ、右手に豊田スタジアムが見えると、高橋校まであとわずか。巨大ドームのスペクタクルが毎度のことながら、ぼくを圧倒する。

8月7日。中3の完全定着テスト。
その結果に、初めて君たちに本気で話した。

完全定着テスト。通称「完テ」。
こんな言い方をあんまりしたくないが、スタッフが真剣に毎年入試の傾向や問題量、テストの順番まで考慮して作成しているテスト。

ほんまに取って欲しい。
ぼくなんか無視して、自分のために。
自分の頑張った結果で喜べることを、思い出すために。
そう、昔、ちっちゃなテストで○ばかりの答案が返ってきて無邪気に喜んでいたように。

「完テ」。この言葉が分かるのは、この言葉で通じ合えるのは、この世の中でぼくらと君らしかいない。
だから。

ミヤシタ・ナカノウチ・ナオキ。満点、やったな。
ヤマガタ・キド・アリ。よくやったぞ。
ユウカ・ダイキ・アリサ・ダンジョウ・シュン・チハル。えらいぞ。
ユウリ。1勝目だね。

8月10日。
今日から出発しよう。

夕方の橋の上には優しくて淡い光が踊っているだろう。
橋の欄干にも、道の上にも。



100分の1 2008年06月06日 
岡崎 徹 

今日の帰り道も雨だった。
厚生病院の手前を右折し、ワイパーの速度を上げた。

と、同時にSuperflyの「ハロー・ハロー」が耳に入ってきた。

「・・・・ここからすべてがはじまるよ」と。

そうだなぁ。
今日からはじまる。

開拓塾、20校舎。100クラスほど。
そのたった1クラスで。


サツキ、5月よくやった。サツキの頑張りが6月で。英語、すごい。

マナ、よかったね。バレーもいつも頑張ってて。

アヤカ、授業中、いい表情。国語、いいよ。また、これから。

モネ、社会いいよ。自分を知り、窮屈になりすぎないでなぁ。

トモキ、授業中のできがそのままテストでも。よくやった!

ユメナ、スマイルじゃなかったけど。でも、誰よりやっている。


通過点にすぎないのかもしれないが。
今日の自分におこった気持ちを覚えておきたい。

単に浸っているだけなのかもしれないが。
電話できた人と握手できた人がいたことをうれしく思いたい。

まだはじまったに過ぎないのかもしれないが。
少しは伝わったことがあったと思いたい。

たかが1クラスの出来事。
100分の1だけど。

君の答案にマルがいっぱいあるように。

ぼくもこれから円を描いていく。




陽はまた昇る 2008年03月11日 
岡崎 徹 

今年も開拓塾の入試直前講座で的中、続出。

社会はなんと6問のヒット。
受験生はテンション上がったんじゃないかな。

夏目先生は戦後の歴史を含め、2問のヒット。
間違えやすいところの的中でした。ありがとう!

長神先生は需要供給曲線がまさにそのままの「モロヒット」!
を含め2問ヒット!名前のとおり、神がかかり的でした。
ありがとう!

塾長は毎年毎年的中させ続けている。
そして、今年も江戸初期の貿易品目をふくめ2問ヒット!
ありがとうございました。

箸本先生も国語の漢字で1問ヒット。ありがとう。


残念ながら自分の予想はまったくヒットしなかった。

でも、本当によかった。

当てるために予想をする、わけだ。今も、今後も。
でも、合格させるためにする、わけだ。
合格させるためにしてきたことは、これまではかりしれない、わけだ。
自分はそう思う。
自分は知っているし、生徒たちも、多分。

単なる予想屋としてやっているわけじゃない。
江尻先生は多分今日も早起きして、予想をしているんじゃないかな。
もう、じゅうぶんやってきた。
補習も授業も。
これ以上、何をやる必要がある?
もう、教えることなんて残ってないよ?

でも、知っている。
時間が残されている限り、やるべきことがある、ということを。
そして、それはいま、予想しかないこと。
祈る前に。


9日、三好と広田校で授業を終え、春を感じさせる光の中、車を進めていた。ウルフルズの「大丈夫」ばかりを聴いていた。
「きっとだいじょうぶ」と口ずさんでいた。

「きっとだいじょうぶ」
と自分に言い聞かせていた。何人かの子たちの顔が浮かんだ。
その後、はるかの質問に答えた。

「きっとだいじょうぶ」

Aの日も陽はまた昇る。



カイタクが好き 2008年02月05日 
岡崎 徹 

昔からそうだ。

僕は人と接する時に、客観的に物事を捉えようとするがあまりに、一線を超えないときが多いように思う。
でも、それでいいと思っている自分がいるのも否定できない。
超えれば超えていいし、超えられないなら超えなくていい。
コミュニケーションで無理をしてもそこには偽りのガラス細工しか残らないだろう。

そんな僕だが、バンプが好きだ。
今、車の中では、バンプかaikoかミスチルだ。

よくよく考えると、自分は授業中に下らない話はよくするけど、その手の話は滅多にしないなあ、と思い返してみた。


でも、理由もなく、バンプはいい。今はバックで「メーデー」が流れている。もう、ここ6年聴いていることになるなあ。
タツヤは元気かなあ。歌はその歌だけでなく、様々なものを一緒に連れてくる。だから、いい。

ところで、三好校。

この前、初めて嬉しいことがあった。中3の女の子が

「カイタクが好き」と、カミングアウト!

「好き」って今も昔も軽くない言葉。
僕は、自分が好きって言われるのもうれしいけど、「カイタクが好き」って言われる方がもっとうれしい。うまく説明できないけど、その子の性格のよさに触れた気がするからだろうか。

ありがとう。
妹も、君も、2人ともいい奴やなあ。


ほんとうのありがとうは、ありがとうじゃ足りないんだけど、ね。




After Battle 2008年01月07日 
岡崎 徹 

大晦日の午後7時、僕は豊橋本校を後にした。
「よいお年を」。
松岡先生、箸本先生とそんな言葉をやりとりして。

午前は中浜校での久しぶりの授業。
授業前にちょっと緊張したのも久しぶり。
雪が降らなくてよかった。

校舎の前で立っていたら、最初に本校から移動してきたアスミが近づいてきた。一瞬だれか分からなかった。相変わらずのいい笑顔だな。
そして、セイタ、ショウタ。良かったよ、区別できて。
リホ、リカコ、マッサン、ショウスケ、シンタロウ、モリモリ、シュン、イクト、ヒラセ、ショウケン・・・。変わらんなあ。ユイも自分の感情の多くを表現できるあの目で、近づいてきた。笑っていた。変わらんなあ。
授業中、おもしろくもないのにみんなよく笑う。やさしいなあ。
完全定着テスト。優秀者は昔からいた奴ばかり。
変わったなあ。頑張るようになったなあ。立派だなあ。
帰りにモリモリのお母さんと久しぶりに喋った。お元気そうで何よりでした。横にお姉ちゃんもいて。懐かしかった。

午後から豊橋本校。やはり、2クラス。
シュンヤが真っ先にやって来た。相変わらずわきまえているね。ギターも頑張れよ。
ナカネ君、いい笑顔だったね。シオリ、背のびたね。負けた・・・。
ヒキタも立派に背伸びたし、髪も伸びた。
ヨシキ、名刺ごめんよ。
マオ、ユリ、「先生、久しぶり」のひと言、ありがとう。
チエミ、すごいじゃん、マイバトル。マイバトルといえば、マジマ、1000点すげえな。さすが、初授業での英単語テスト、クラストップ男。


マイバトル1000点と言えば、豊田でもいるよ。
三好校が誇るツートップ、スギヤマとレイナの2人。
そして広田校が誇る仲良し2人組、ケンタ&ナオヤの2人。

広田校、冬期講座よく頑張った。
授業前から話題が楽しい、楽しい。
「お前、昨日何点いった?」「すっげー」「マジ?」
「おれ、今日200点進むし」「ボーナスが入ったからな」
「学校の宿題、やばくね?」「マジやばいし」
授業では、明るい、明るい。やるときはモリモリガツーン!
マイバトル、クラス平均800点近く。
こんな校舎は他にはない、だろう。
異常や、お前ら。でも、かわいいよ、まったく。


本校でも授業、最初緊張したっけ。いやはや、まったく。
でも、まあ、なんとかね。国語、よく出来ていたね。

なんだかなあ、楽しかったよ。
久しぶりに。授業やって。
忘れかけていた感情なんて言うと、語弊をうむのかもしれないけど、偽らざる気持ちかな。
あと、シバタさん、久しぶりでした。お会いできてよかったです。わざわざ車から下りて声をかけて頂いてありがとうございました。


大晦日の午後7時、僕は豊橋本校を後にした。
昔、豊川校に行くときによく使った道を使った。

1号線にさしかかり、大きく左にカーブを切ったとき、レモンティーの缶が横倒しになった。僕は瞬間、左手でそれを受け止め、微笑みながらハンドルをまたまっすぐに戻し、アクセルを踏み込んだ。




勉強合宿 2007年11月10日 
岡崎 徹 

今、豊田支部で仕事をしている。
そして、僕の身近なところには、豊田本校の生徒たちがいる。

豊田本校は、豊田支部から見渡せるところにある。歩いてすぐの場所にあるのだ。

その2階に生徒たちがいる。支部の窓ごしに本校の生徒たち4、5人の様子が見て取れる。時折、笑顔も見えるが、真剣に勉強をやっているように見える。そして、現在午前4時。

「せんせい、勉強合宿がしたい!」
逢妻中のある生徒のこのひとことから今日のこの勉強合宿が始まった、らしい。

そして、それに付き合う男。
窓越しにも見えるこの男。
いつもは面倒くさそうに振る舞いつつも、生徒の成長をどこまでも心から願う男。
そう、この男こそが小宮卓也。

彼がこの豊田本校の校長でなければ、この合宿はなかっただろう。

ふと、昔のことを思い出す。
豊橋南校、そう、開拓塾の発祥の地。
そして、そこで教えていた自分自身のことを。

補習が夜中までなんてしょっちゅうだった。
望月先生と補習をやって、少し疲れて本部に戻ると、塾長がまだ補習をしていて。
非常識だと言われればそれまでだが、生徒に教えることが非常識ではないとだけ考えて。
質問で待っている子が10人いて、待たせて悪いなと思いながらも、それでも1人1人ちゃんと答えてやりたくて。
たまに脱線して笑いあいながらも、テストでの好結果が欲しくて。

朝、10時までの勉強合宿。
今は雨が降っている。

豊田本校の合宿参加の生徒たち17名よ。頑張ってな。
小宮くん、おつかれさま。


思い出は、いつの日も、雨。




BOURBON 2007年10月19日 
岡崎 徹 

バーボンが好きだ、
と言い切れるようになるまでには、だいぶ時間がかかった。

チューハイ、ビール、ワイン、日本酒、焼酎、そしてウィスキー。
アルコールが低い方から並べたけど、バーボンはウィスキーである。

ウィスキーもいろいろあるが、スコッチは辛口、バーボンはひと言で言えば、甘口である。
アメリカの主にケンタッキー州、バーボン郡が生産地だから、バーボン。
甘くねーよ。そう言われればそうかもしんない。
でも、ジョニ赤、黒などに比べ、なんてバーボンの味はマイルドだろう。そういうことです。

ぼくは、よく人や物に影響される。
高校時代にチャンドラーの「長いお別れ」を読み終え、決意した。
それ以後、Barに行くと最初のカクテルは「ギムレット」。(最近はたまに「XYZ」から飲むが)
タバコは今でも、CAMELなのである。
CAMELなんかなぜ自販機においてあるのだろう、他の人吸ってないのに、とずっと思っていたが、去年から相棒がはじめてできた。少し、驚いた。彼も「長いお別れ」を読んでいたと知り、笑った。

でも、大学時代前半は、Canadian Club(俗に言う、「CC」ってやつ)が好きで、Barに行くと生意気にもボトルキープなんかしていた。スコッチも飲んでいた。でも、心の底からおいしいとは思えなかった。
社会人になる前、Wild Turkeyを知り、はまった。そこからは一直線。
たまの休みにはいろんな酒屋をまわり、新しいバーボンを買って帰るのがささやかな趣味でもあった。
今はネットがあるから、年に何回か好きなものを頼み、自宅に届けてもらっている。
また、故郷の倉敷に帰ると、連れがバーテンダーをやっているAnniversaryという小洒落たBarに顔を出し、ギムレット、スタート、ネクスト、バーボンのロックてな具合でやっている。

でも、最初は全然強くなかった。よく吐いていたなあ。吐いても飲んでたけど。
じゃあ、吐くのになぜ飲むの、ということだよね。
そこに酒があるからだ、と答えれば少しは粋かもしれないけど、「強くなりたかったから」が本音だなあ。
だって、1970年生まれの僕は、本気で、「酒が強い男=カッコイイ男」という図式があったから。
カッコよくなりたかったから、少なくとも、酒の1点では。
それで少しは酒が強くなった僕がもてたかどうかはヒミツ。
ただ、友達は増えた気がする。ちなみに僕の友達のほとんどはバーボンが飲める。ありがたいね。
うーん、3,4年前ぐらいからかなあ、ほんとうにおいしいと思えるようになったのは。

今もバーボンをよく飲むけど、それは、健康であることの証でもあると思う。
僕は類まれな健康男で、他人にカゼをうつされた記憶がない。まわりが非常に元気で、こっそりカゼをひいている時がごくごくまれにあるくらいで。

咳、鼻水、胸やけ。ふだんと少しでも違う状態だとしんどい。
ふだんよりも他人に迷惑をかけているのも気が引ける。
仕事ならなおさら。責任感が強いとさらに、なおさら。

元気になったら、たまには、飲もう。
健康の証に乾杯しながら。

そのときには、バーボンよりもビールかな。







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