岡田竜馬のリアルタイムメッセージ
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岡田竜馬のリアルタイムメッセージ
Noと初めて言った26歳 2009年08月27日


俺がもし部下で社長から、なにかを「やるか?」
と突然だろうと、なんだろうと、言われたら、
100%やったね。

俺はサラリーマン時代、ぺいぺいだったから、
社長からやれ、といわれたことは、一度もなく
終わってしまったけどね。(最後まで読むとあげあしとれるけど
そんな読み方しないでね)

しかし、100%断言できる。

俺は、上司から、何か言われて、
NO.と一度も言わなかった。

すべてだ。神に誓える。

すべてだ。そのおかげで仕事は、
ぶっちぎり本部内では1番だったと思う。

どんなささいなことでもだ。

その選択権を1度も行使しなかった。

たとえば、マージャンの誘い。
たとえば、飲み。
たとえば、ニュージーランドで
だれもバンジー飛ぼうとしなかった。

そこで、専務(No.2当時)が「岡田君行くか?」
即答、「行きます。」
俺は別にしたくなかったけどね。

そんなことはいくらでもある。

それをやりきった。

仕事は当然に決まっている。どんな理不尽
な仕事だろうとだ。そんな3年だった。それは決めてた。

意見をめったに言わないことも決めていた。ほとんど意見していない。
ここぞ、というところだけです。

勤務時間、休みで意見、なんて言うわけがない。

意見なんかいうひまあったら、頼まれたことをすべて
やるのが、ぺいぺいだと考えていた。

報告書の提案事項は、ほぼ毎回
「岡田を校長にしたほうがいいと思う。」
校長になれば、
「岡田を本部長にすべきです。」
毎回、ワンパターン。

人事に関して、組織提案はそれしかしていない。3年間で
2個だけ。(笑)カイタクのみなさん、まねしちゃだめだよ。

あとは、教科の指導内容については、意見を出した。

その他はゼロですね。

意見をいちいち自分サイドの都合を出したら、
会社は困るに決まっている。

ただそれだけかな。

どんなことでも、「やる。」というと。

やれるかやれないか、用事があるかないかではない。
自信があるか、そんなものはどうでもいい。
新たな仕事に自信なんかあるわけがない。
ろくに仕事も知らないやつだ。
ありがとうだし、チャンスだし、
おれには、どんな言われ方だろうが、
おれにやってほしいと思っているか、
試したいと思っているか、
に決まっている。
俺の都合を仕事で出す場所なんか、
俺ごときにあるわけがないと思っていた。

大して仕事もできないやつが、仕事を選んでる場合
ではないんだよね。

仕事を選んでる時点で、そいつは仕事ができないやつ
だと考えていた。

そんな生き方のおかげで、多方面にわたって、
できることが増えたといえる。

断らないことによって、評価を得ようなんて、これっぽっちもおもっていなかった。
俺にとっては普通のことだった。

周りでそんな人たちが、ごろごろしてて、
心の中で「どうしてかな?」と思ったり、
今この人上司だけど、「近いうちに入れ替わっちゃうだろうな。」(笑)
とか思ったり。ちょっと性格悪い考え方だけど、正直ね。

ぺいぺいが、選択権使ってる場合ではないと思っていた。
まあ、もちろん、上に言っても、組織にはそれ以上
の上がいる限り、そういう行動をし続けると決めていた。
強い意志力というわけでもなく、
当然でしょう、くらいだった。

そんなことのせいかわからんが、
たかだか3年しか勤務しなかったが、
退職を本部長に伝えたあと、私が尊敬する方から
引き止められた。その方が目に涙を浮かべていた。

はじめて見たその方の涙だった。
おれごときでどうして?と心の中で思っていた。
その方は、事実上のNo.2で、組織の中では、
恐れ多いくらいの方でした。

その当時離職率はとても高く、
ちなみに3年の時点で、同期25人くらいのうち、
残っていたのが、おれともう一人だけだった。

だから、やめることがそんなに大きいことではない。
社員も300人いて、そのうちのただのぺいぺいの離職
にすぎない。

そして、私にとって、その会社最後の全体会議。
そこで、社長が、全社員の前
で突然、「岡田、やめるのか?」
という話をしだした。
ちなみに、その会社は退職者は企業の悪として、
退職者の話題は、まるでしない。
全体会議でふれることはない。


だから、「岡田、やめるのか?」
は1%も想定なく、300分の1として、
席に座って、最後のお話を真剣に聞いていただけだったから、びっくりした。

そして、「はい。」と返事。

「おまえのやめたい理由は、社長になりたいからか?」

「はい。」

「じゃあ、社長になれ。来年、別会社を作る。
その社長におまえがなれ。」

と突然の抜擢だった。

うれしい話のはずだが、びっくりの感情だった。全社員の前で。
自分は、離職することを誰にも言っていなかったので、
まずは離職の話に職員はびっくりしていた。

そして、びっくりともう一つは、「どうして?」だった。
そんな評価をまったく受けていなかったし、
社長とは直接関係がないし、
あくまで僕の仕事ぶりは上司の報告だけ。
あとは、校舎の結果くらい。

ちょっと自慢になってしまうが、
校舎長1年目で愛知県1位の夏期募集を達成。
入社2年。
生徒数もいまだに最高記録は間違いない。
校長が変わってからの校舎平均アンケート
はぶっちぎり1位。
退塾でまくりの、大変な校舎を引き継いだ。

就任前の平均アンケートは30%という悲惨な校舎だった。
豊橋では最下位だし、全体ではびりかどうかわからないが、
その可能性もあった。

それを4月のアンケートで校舎平均60%超えた。
そのときの生徒数は、270名くらいだったと思うが、
僕個人は95%をこえていた。97%くらいだったかな。
まあ自分で言うのもなんだが、驚異的な数字だった。

夏期で400名くらいにした。
11月のアンケートでは、平均が68%くらいだったと思う。
これもトップだった。退塾数の少なさもトップだった。

それは僕のサラリーマン人生の自慢かもしれないが、
それが300名の社員の中から社長に抜擢する理由とは思えない。
どんなに校舎で結果を出そうが、
しょせん校舎長のキャリアが1年のやつだ。

300人の企業である程度の歴史もある企業が、
たかだか26歳の自分をなぜ?
抜擢しようとしたのか。

それを聞きたかった。
しかし、断る人間は、聞いてはいけないと思ったので、
真実はわかりません。
今でも、なぜ自分を抜擢しようとしたのか、
その理由が知りたいくらいだ。
でも、聞かなかった。

なおかつ、翌年、その会社は別会社を本当に
大きく立ち上げました。

全体会議でそんな話があったあと、
最後のボーナス(その当時ボーナスはその場で現金
支給)をもらってる場合ではないので、
それをお返しするのといっしょに。

入社して、初めてあがった社長室のフロア。
それだけでも、緊張した。
ノックをして入った。

幹部がみなさんそろっていた。

そこで、丁重にそのありがたいお話をお断りしにいった。


この部屋にこんな形ではない中で、来たかったなあ。

社長からの初めての指示。
社長からの初めての指示だったのになあ。
「社長から、岡田、社長やれ。」

入社して、初めての指示。
それなのに、自分はそれをNoといった。

社長に近づきたくて。
社長にしゃべってもらいたくて。自分の仕事を知ってもらいたくて。
社長に指示されたくて。
僕は、社長を良く知らなかった。
しかし、僕には尊敬する方がいた。
その方が尊敬しているから、とても、とても近づきたかった。

でも、僕にとって、社長は遠かった。

うれしい評価だが、
最後までNoと言わずに、やめることができなかった
ことが少し残念だった。

「もし」だが、退職の話をする前に、
この話が来てたら、自分は今でもその会社にいたかも
しれない。

カイタクは、なかったのかもね。

変な話だが、社長に近いことが、当たり前の君たち
がとてもうらやましく、思うことがよくある。

まるで、おれのようなやつだな、
って言う社員に会いたい。

そんなあほに会いたいなあ。

俺を思い出させてくれるやつにさ。

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高校野球 2009年08月25日

毎年ある、夏の甲子園。
やっぱりいいなあ。 

キャッチャーがファールを打ったバッターに手渡すバット。 
ヘッドスライディング。
高校生らしいミス。 
戦い終えた後、敵、味方なく握手を交わす選手たち。 
そのすべてがいい。 

今年は、愛知県、中京が優勝。
ベスト8で、優勝するなと思いました。 
準決、決勝は、残念ながらまったく見れませんでした。
スポーツニュースのTVすら見てません。 

中京、守備がすばらしい。2年生のセンターの守備範囲の広さ。
ショート、セカンドはもちろん。サードもめちゃうまい。
 サード、センターの守備がなければ、ベスト8の都城商に負けてたかもしれない。
 
たしかワンアウトだったかな。ランナー2塁。
痛烈なサードごろを取った瞬間にセカンドへ送球。
帰塁と同時にタッチアウト。即、ファーストへ。ゲッツー。
こんなプレーみたことなかった。 
すごいプレーでした。 

そして、エース堂林君。スピードはさほどだが、制球力抜群で、
スライダーが低めにとにかく決まり、空振りが取れる。 

中軸打線、やあ、すごかった。 
堂林君は決勝でホームラン打ったらしいですね。
どんなホームランかみたいですね。 すばらしい打撃センスですね。
プロで通用する気がするなあ。バッターとして。 

まずリーチが長い。 
同じく都城戦ですが、
インハイのボールをさしこまれたのですが、右中間に2ベース。 
そして、今度はアウトローの難しい球を左中間に2ベース。 
反対ならわかるんですよね。 
ちょっと、二岡にバッティングが似てるなと思いました。 

菊池君もすばらしいですね。
大阪桐蔭のサウスポーでジャイアンツいった選手よりはるかに上ですね。
彼はすごいなあ。 明豊のショート今宮君もすばらしいなあ。 
西条の秋山、帝京の1年生の伊藤君もすごかった。
 
確か147キロ以上だしたピッチャーが8人もでた。 ちょっと前では考えられない。 
150キロ以上が3人かな。 高校生のほうが、プロより速いくらい。
 
130台後半なんて、普通だからね。というか、ちょっと遅い感じ。 
また、その150キロ超える速球を打ち返しちゃうからね。 すごいよ、今の高校生。
 
金属バット、本当にやめたほうがいいなあ。木製はコストが高くなる
と言うのなら、意図的に木製と同等にしか飛ばないバットにすればいい。
硬球もメジャーと同じにしてもいいと思う。
 
あれだけのピッチングでうたれまくっちゃかわいそうだ。 
投高打低で野球はいいと思う。
 
トーナメントの負担から考えても、投手にもう少し利益与えてほしい。
肩、ひじの故障で、有望な選手が高校で野球を終えることをなくす環境を
大切にしてほしいです。 

また、心配なのは、150キロの球を鋭いスイングで金属バットを
使ってふりぬくことで、ピッチャーライナーによるおおけが
がいつでてもおかしくない。運が悪ければ、死んでしまう。 

そんなことが起きてから、金属バットの廃止の前に、手を打ってほしい。 

なにより、命です。野球の守備の前に、命を大人が守らないと。
 
これだけひたむきにがんばる子供たちの命をどうか、守ってください。 
子供の命を守ることが、大人の使命。指導なんて、ずっとあと。
 
僕たちは、大人に守られたから、今がある。その感謝は忘れない。
今度は、僕たちがやらないとね。 もう、金属はいらないです。 

最高の高校野球を、今年もありがとうございました。 

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長生き 2009年08月22日

長く生きることにまったく興味がなかった。

生きている間に何をするか、そして、後悔しない人生を送ればいい。
そう強く思っていた。

悪い言葉だと、長生きなんかくそくらえ。
そんな感じでした。

自分は、いつも死を意識している。
しかし、長生きをしたいとは別なんです。

死を意識していることが、おいしい人生だな、っていつも思う。
生きてることが当たり前、と思う人と比べたら、どんなに幸福だろうか。

予想よりはるかに超えて生きているので、もうおいしすぎですね。

30代に突入した瞬間、72歳。これが目標だったのですが、
まあ、無理だろうな、といつも思ってました。

本当に数日前をきっかけに、長生きしたくちょっとなりました。

80歳になって、やることを決めたのです。

ごめんなさい。ここではそれを書けません。

80になったら、やることが決まりました。
そう思うと、ちょっと長生きいいじゃん、って思います。

日本の女性の平均寿命は、86歳。

日本の中では、80歳は長生きとは言えないのですが、
私の定義では、めちゃ長生きです。

目標は、クリアしてなんぼ、と職員に言っていることと矛盾しますが、
82歳。これを私の目標の一つにします。

私は、目標がめちゃめちゃありますので、
目標ランキングでは、200番には入りませんが。

まあ、軽薄な目標ですが、長生きも悪くないと
初めて思ったことは、長生きする理由にも少しはなると思うので、
最近のおかげで寿命が長くなったように思います。

僕の身近にいる人たちの予想を裏切りたいです。



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最近 2009年08月19日
最近、はまっているのが、音楽。
やたらと、古き良き楽曲をダウンロードし、
i podへ。

同年代の音楽好きな人が、これを聞きながら、
一人オープンカーかなんかで走ったら、泣いちゃうだろうな、
というくらい、いい曲を集めまくってます。

それこそ、最近はめっきり、ギター、ピアノにふれていません。
ちょっと弾きたくなってるこのごろです。

ちなみに、息子のはまりはなぜか、マイケル。
Michael Jackson.

マイケルのPVを毎日見ています。同級生のはやり
とかにまったく関係なく行動するところは、自分に
ちょっと似ているなって、思います。

billie jeanかbeat itのどちらか、忘れてしまったが、
そのPVを見ながら、大うけしていた。

なんで大うけしてるか、まったくわからないので、
息子に質問した。

息子の答えの前にPVの簡単な解説をします。
そのPVは、マイケルとマイケルの敵みたいなチンピラ
のような集団が、一触即発のような感じの中、曲が進行していく。

そして、なぜか、途中からみんなで踊りながら、歌を歌う。
そんな感じです。

自分はナンも考えず、漠然と見ていたのですが、
先ほどのように息子は、大笑いをしていた。

「なんで、そんなにおもしろいの?」

「だって、やくざ(アメリカのチンピラ集団)が、みんなで
踊ってるんだもん。やくざでこんなにうまく踊る人たち
なんていないよ。さっきまで敵だったのに。」

「たしかにな、がはは。」

子供の感性って、いいなあ。

そんなこともあり、対抗して、今日もダウンロード。
いい曲を聴いて、何かを感じたい。



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自分の中では、正夢 2009年08月04日

激闘の末、石川遼君、18番で決めました。

優勝、おめでとう!

ゴルフの話ばかりですみません。
前回のブログのとおり、TVで遼君を応援していました。

ドラマのような戦いだった。B.ジョーンズとの争い。

最終ホール、ともに-16でスコア並ぶ。

Tショットを二人ともはずし、バンカーから180から190ヤード
位残し、第2打。しかし、二人とも、バーディーチャンスにつける。

B.Jが惜しくもバーディーパットをはずす。

そして、遼君のバーディーパット。

そのときの実況中継。

http://www.youtube.com/watch?v=_cUeUdjH7e4
(18番を最初から見てください。2分40秒すぎから、実況が始まります。)


それを聞いて、どきっとした。これが一緒にラウンドしたことなんだ
と思った。何度もアナウンスが入った。ちょっとかんでたのが残念だったけど。
若き・・・・石川遼。

「頼む、遼君、いれてくれ。」

やばいと一瞬思ったが、見事カップイン。

すごい人ですね。本当に。

やあ、かっこいい。かっこよすぎる。優勝インタビューもすばらしい。

決めるときに、決める。

そんな人間になりたいです。






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変な朝 2009年08月01日


今日、久しぶりにリアルに覚えている夢を見た。
石川遼君との2ショット。

アスリートが夢にでてきた記憶ないんだよなあ。

どうでもいい夢ですが、
遼君と私が二人でレイク(ホームコース)に。

そして、私は、オレンジのシャフトのアイアンを
新たに買ったみたいで、それがまたゴムのホース
みたいにふにゃふにゃで、「何でこんなの買ったんだろう。
いつものスチールアイアンもってくればよかった。せっかく
遼君とラウンドなのになあ。」見たいな感じで心で思う。

2番ホールで遼君は快心のショットを打ち、
私は、後ろの組の人に、「へたくそは打つな」
見たいな事を言われて、Tショット省略。(夢だけど、お前打てよ、
と夢に対して、だめだし。)

セカンド地点が、のこり140ヤードくらい(夢なんで矛盾しています)
から、どうやっても、グリーンに乗せることが不可能なコースになっていた。
「なんじゃこりゃあ、全面木じゃねえか。」
ちなみに、レイクの2番コースとは違います。

「どうやって、うちゃあいいんだ?」と思ってたときに、おきました。

そこまで石川遼君のファンと思ってはないし、一緒にラウンドしたいなあ、
なんて思ったこともない。

不思議だなあ。思っているより、きっと遼君のことが好きなんだろうなあ。

明日、なんかトーナメントを見たくなってしまった。
優勝、応援します。

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