岡田竜馬のリアルタイムメッセージ
岡田竜馬のリアルタイムメッセージ
岡田竜馬のリアルタイムメッセージ ビジョン
岡田竜馬のリアルタイムメッセージ
初の画像UP 2008年12月27日

本日、電子タバコがきました。

早速使用。

なかなかの優れものです。

電子タバコというだけあって、
充電し、すうわけです。

そうすると先端が赤くなり、
なんと、煙が。

IMG_0342.JPG


すごいでしょ? これでニコチン、タールゼロ。
しかもタバコの味もする。

写真は、中尾君です。

禁煙の場所で一度吸ってみたいが、
すぐに注意されそうだなあ。

これがブームになって、認知されれば別だろうけど。

では、また。



 
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再会 ~20年のときを経て~ 2008年12月23日

およそ1ヶ月前、20年ぶりに友人と再会した。

楽しかったなあ。なんてことはない居酒屋に。

まずは3人で。1時間遅れくらいかな、そのあと一人来て、
4人で。

自分以外は、皆同じ高校なので、最低でも1年に1,2回
は会っているらしい。

それもあってか、自分は大人気でした。
本当にすごかった。中学か高校以来のもてもて。

20年会っていなかった気持ちが爆発したのか、
「リュウマ、りゅうま、竜馬。」
のオンパレード。

質問攻めというかなんというか、
自分以外3人で自分の話題ばかり。

自分は、それを笑いながら聞いていた。

広告も見てくれていた。

「あの広告は最高だ。あの文章はさすがと思ったね。」といってくれたり。

自分はその広告が何かはちょっとわからなかったが、
文章がいいということなんか、どうでもよくて、
応援してくれてたことが、とにかくうれしかったなあ。

「パセオのライブで・・・とか・・・とか歌ってたよね。」とか。
自分の高校のときのあほな話とか。
言われて思い出すことばっかだった。

マージャンでもこのグループで負けていたイメージだったけど、
実は、自分と以前ブログで書いた彼の二人勝ちだった。

そういえばそうだったなあ。ちょっとここでは話せない
めちゃくちゃなこととか。


あとから来た一人の友人は高校時代どちらかというと無口
で感情をださないタイプだった。

その彼が、とにかく会えたことを喜んでてくれて、
自分と同じ感情だった。

照れて、会いにいけないし、でもどこかで会う。
だけど、あえないかも。というわけのわからない感情。
だいたい、今、逆説2連発だしね。

その彼が、「竜馬は・・・?」と質問する。

その瞬間、自分の一番会いたかった友人が、
「それ40分前にもう話したでねえ。さくっと流すかね。」

みたいな感じでぶった切る。それがまたうまい。

「そうかもしれないけど、おれだって聞きたいじゃん。」

見たいな感じで。

また違う質問をすると、
すかさず、彼がまた
「あーそれ、23分前に話したで、終了かね。」
とまあ、とにかくぶった切りまくる。

彼らはみな、高校がいっしょ。
彼らは部活や遊び、毎日いっしょだった。

そこで、自分は高校3年から毎日遊ぶようになった。
ひょっこり入っていった。不思議な関係。

だいたい高校3年から、他校と深い付き合いになるということが
本来、進学を目指す人間だとおかしいんだよね。(自分は
あまり大学に興味がなかったけど。)

というか、3年になると急に勉強しだして、遊ぶやつが自分の
高校にあまりいなくなったという言い方もあるかな。

みんな言ってくれた。
「竜馬は自慢の友達だ。」

初めて言われた。
親以外で自分という存在が
自慢だってことを。
それも変な持ち上げじゃないんだよなあ。
差別感とか全然なく、すごいフラットな感じ。
それがまたすごくよかった。

そのときひそかに、
社員に自慢の社長と思われたいなあ、と思った。
でも、こんなおれじゃあとてもまだ無理だ。
いつか、君たちの自慢になってやる、と心で思った。


居酒屋のあと、スナックに行った。

そこで、びっくりした。

「竜馬にミスチル歌ってもらいたい。」とひとりが。
そして、他の友人も、「竜馬はミスチルだな。」

そして、「竜馬に一番あうのは、名もなき詩だ。」と。

心で、「なんで。なんで?なんで、おれがミスチル好きなことわかるんだ。
しかも、名もなき詩。」

ちょっとぞくっとした。

わけのわからない出会いだけど、
20年も会ってなかったけど、

彼らが、実は親友だったんだ。

20年たって、気がつきました。

20年もきがつかない鈍感野郎だったんだな、おれ。

こんなにも応援してくれてたことがうれしくて、
このまま終わっちゃいけないなあ。
どうしようかって思って。
そこで、友人には初めてのことを言った。

「カイタクのHPにおれのページがあって、Life-sizeとビジョンってやつがある。
ひまなとき、もしよかったらみて。」

特別な思いであることを。
これしか、浮かばなかった。
これが、おれの私生活ではいっぱいの表現かな。

今、それぞれがそれぞれの道を歩んでいる。

20年のときは、いやがおうでも変わってしまうものがある。

再会の意味。

それは、きっと変わった今を知ることではなく、
あのころとなんら変わらない君を知ることだろう。

あのころと何も変わることがない君を、
お互いが感じることで、

あのころと何も変わらないぼくらになる。

1ヶ月前、
僕らはたわいもない居酒屋で再会した。

20年前、
ぼくらはたんなる名もなき集団。

一ヶ月前、
ぼくらはたしかに20年前という時への旅をした。
















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お気に入りの車で 2008年12月22日


今日、野郎3人、3台でツーリング
に出かけた。

朝いちでさわやかな気分だったのに、
変な報告電話が・・・
あほー、三輪。

気分取り直して、防寒態勢も整え、
出発。

1950,60年代のオープンカー3台。

絵がいい。
ハイテンションの方、1名。

もともとなんもない車。
パワーウインドウ当たり前の時代だが、
自分の車は、ウインドウがないからね。
パワーの必要もない。

近代のオープンカーとはまた違うテイスト
で、マニアックな話だと、
とにかく自分は、空冷水平対抗エンジン
がたまらなく好きなんですね。

数台保有している車のうち、1台以外
すべて、空冷水平対抗エンジン。

だいたい、現在の車で空冷エンジン
は存在するのかなあ?
もしかしたら、新車では世界でゼロかもしれない。

水平対抗のエンジンは、知ってる中では、
2メーカー。

とにかく、まあ変わった車ってことね。

だけど、これがいいんですよ。

そのレトロカーをちょっと最近
改造しました。
ハンドル、シフトノブ、シフトのポジション
も移動。シートヒーター・・・。

そして、ipod。

この旧車にipodをかちっとつけて、音楽
聞きたかった。

しめることができないオープンカー
というせいもある。(CD車内にたくさんおいたりなどしにくい)

それより、最先端のミュージックプレイヤーと
オールドカーの融合とでもいうのかな。

これがかっこいいなあと思って。

ipodの取り付け具合がいまいちなんで
また変更してベストコンディションにしなくちゃ。

こういうのもいろいろ考えて、試行錯誤するんだけど、
自分が真剣だからか、業者の人も真剣になって
考えてくれる。
まあ、目指していくとなにかとうまくいかないことが
でてきて。
それを知恵と工夫で乗り越えるとなんか楽しいんだよね。

だいたいこんな車にのってるやつ、、めったにいないし。
でも、それだけじゃつまらない。

それにipod.
こうなるとほとんどいなくなる。

このipodも最近はまってて、3,4年前に初めて
買って。それからi-tuneがもう一歩で。(最近はずいぶんよくなってきた。)
そこで、全メーカーのミュージックプレーヤーを調べた。

いろいろとにかくあるのね。
それでビクターがベストとたどり着いて。

そして、またipodnanoにもどった。

今、このipodでしたいことでできないことがあって、
それをどうにかできる方法がないか、研究中。

そんなこんなで最近改造したばかりなので、
ちょっとわくわくしながら、朝10:00に友人宅に集合。

友人といっても社員でもあるんだけどね。

友人の一人はまた車をかえかえ、本日納車ということで、
テンションは、いい感じでした。

そうして、3台で適当なところでたばこ休憩したり、
コーヒーのんだり、めしくったり。

今の季節のお昼ごろは、すごく気持ちがいい。

一人車に乗りながら、いろいろ考えたり。
この一人で車に乗って、考えている時間って
意外といい。

それが密閉された車とそうでない車とでは、
思考することもなぜか変わって来るんだよなあ。

そうして、豊川で解散したら、雨が降り出してきた。
まあ、別にあわてることもなく、
この雨もそれなりに気持ちよかった。

そうこうして、あと家まで2,3分というところで直線
道路を対向車もなく、自分一台だけで気持ちよく走っていたら、
突然、「ガチャーン。コロンコロンコロン。」と。

「なんだー?まさかなあ?」
と思って停車。

そして、我がお気に入りの車を見ると、
「おいおい。」

そして、Uターン。

ヘッドライトが丸ごと、突然落下していた。
外のカバーだけではなく、なかの電球から丸ごとね。
要するに、ヘッドライトの部分が空洞になったボディとなり、
配線コードがむきだしの状態。
そんな状態の車みたことないでしょ?

われたヘッドライトの一式をを拾って、助手席へ。

片目つかなくなることはよくあることだが、
ヘッドライトが走行中落ちちゃう車はそうないだろう。

なんか一人でかなり笑えた。
これで完全に日本で1台じゃねえか、みたいな。
古い車は、予想ができないことがおきるんだよなあ。
そのほとんどすべては自分にとって不都合なんだけど、
なんか面白く感じちゃうんだよなあ。
変な壊れかたするほど、それがまるで
人間のように感じてくる。

残念なのは、また修理にだすことだなあ。

ipodつけて、かっこつけてても、
片目ないんじゃ、きまらんからね。

耳も大切だけど、目、やっぱり大切だね。

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BARICANG 2008年12月10日

数ヶ月前、卒業生が遊びに来た。

彼は時習館をでて、横浜国立大学に入った。
いわゆる優等生。

中学のころから、本当に、心がきれいで、
素直で、いい子だった。

もう30くらいになる。

月日が流れるのが早い。

優等生の彼が、大学をやめ、
音楽の道へ進んだ。

インディーズでがんばっている。

バンド名は、BARICANG。

かっこいいです。

売れてほしいなあ。
心から思う。

どれだけ、やり続けることが
大変かは想像が少しだけできる。

並みの根性では到底できやしない。

アルバイトしながらの生活。
いつ売れるかなんて保証は何一つない。

お金だけ考えれば、もっと楽にかせげる
能力は彼にはある。

しかしだ。夢にかけてるんだ。

軽くいえないね。

夢を追い続けろなんて。

どれだけ、つらく、苦しいか。

それでも一瞬の楽しさ、音楽が
やっぱり好きだからできるんだろうなあ。

こんなに真剣に生きててもなかなか報われない世の中。

プロと名がつくのは、本当に大変だ。

売れてほしい。
けど、それよりなにより、幸せになってほしいなあ。

所詮、塾で中学のときに教えただけ。
だけど、勝手に思い上がっちゃうんだよなあ。

そういえば、立志塾の卒業生の松本君を立志の先生が応援していた。

わかるなあ、その気持ち。

自分も甲子園が好きで、たまたまリアルタイムで
松本君が2番でスタメン。
思わず、応援した。

そして、きれいにライナーでレフト前タイムリーヒット。

やるなあ、この子。
確か2年生。名門高校ですごいなあ。


僕たちはまずは、合格を。
合格は直接関わる。
ここにこだわらなくなったら、
塾なんかやめればいい。

合格後の人生は、直接何も関わらない。

だが、どちらも応援に変わりはない。

本気で応援し続けたい。

自分には経営者という側面もたしかにある。

今、それこそ直接教えている生徒は誰一人いない。

しかし、今もって、応援している。教えていない生徒たちを。

教材、本気で考え、職員に本気で指導。

塾どうし、敵というのは一部分あるが、

お互いがんばっているんだから、
塾が塾を応援していけるような、
業界にしたいなあ。

「あそこの塾もがんばってるなあ。
ようし、うちらもがんばろうぜ。」
とか。

「敵だけど、おまえいなくなったら、つまらん。」
みたいな。

そんな敵がほしいなあ。
いないんだよなあ。

相手がすごいだけじゃ成立しないんだよなあ。

相手も認めてくれないと、成立しない。

「みんな、僕の周りの塾よ、がんばれー。」
おれらもがんばるで。

こっちは、おおいに認めるよ。

あとは、みんな次第です。よろしくね。

私、あほですか?

きっとカイタクのみんなは、このあほを応援してくれるよね?

存続しているということは、
何かいいところあるに決まっている。

自分たちにない部分が。

そこでは、確かに勝てないよね。
というのをしっかり認めてさ。

例えば、立志なら、自学ノートなんて、
すばらしいと思う。開校当初からやり続けて
いるところがかっこいい。

立志とうちも似てることがある。

やり方、考え方は違うところが多いかもしれないが、

「気合。」

ここは、似てると思う。

うちもどこまでもあほみたいに教材にこだわり続け、
徹夜で作成し続けたり、授業の練習は、毎日やり続けたり。

生徒にできることを、どろくさく、どろくさく。

けっして、大きな塾がやっていることではないだろう。

今後もネットワークシステム、グループウェア、
あらゆる企業としての進化も追い続ける。

しかし、変わらないものって、やっぱ必要だよね。

開拓塾は、名前のとおり、開拓塾であり続けたい。

村松君、応援しています。
来年、一緒に音楽やるのを楽しみにしています。





  






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Over Fifty 2008年12月08日


最近は、仕事で意外と会社以外の人と交流がある。

変わった人もいれば、すごい人もいる。

不動産をやってる方なのだが、なかなかすごい
人。社長だが一人でやっている。

この人と初めて会ったのは、10数年前で、
ある校舎の物件に1度だげ、お世話になって、
それきりだった。
そのときは、あれこれ話すこともなく、仕事の話だけだった。

今回また、関わることになって、びっくりした。

こんなに熱い人だったんだあ。

78歳。しかし、元気、元気。
愛車のBMを自ら運転して、あちこち飛び回って、
語る、語る。

自分にも豊橋の政治を熱く語り、
実際にある国会議員の後援会長もやっている。

「あなたみたいな人がでないといかん。豊橋を変えてくれ。」
と頼まれたり。

自分は、そういう気がないので、もちろんお断りしたが。

予科練や鬼畜米英の話から、遊び、仕事、とにかくフルパワー。

その方の助手席に座って、これらの熱い話をほとんど
一方的に聞いているのだが、熱くなりすぎて、
たびたび、青信号でもそのまま止まっている。

話を折るようでちょっと悪いなあと思いながらも、

「青ですよ。」とさわやかに伝えると。

「ああ。」といって、走り出し、また話に戻る。

これを何度繰り返したかなあ。

笑いそうになったが、ちょっとこらえた。

そうこうしていたら、
「あんたは、すごいねえ。
20校舎も経営してるんだからねえ。
たいしたもんだ。
年は50いってるかね?」

「えっ。」と一瞬。

自分は常に下に見られて生きてきた。

30すぎて、高校生にまちがえられたこともあるし、
数年前も、大学生と聞かれたこともある。
自慢でもなんでもなく、ちいと恥ずかしい。

その私が、50ごえ!

40以上と聞かれたこともないので、
いっきにきたー。って感じ。

「いえ。41です。」となんか初めてだったせいか、
変にうれしくなったが、冷静に答えた。

「あーそうかね。49かね。
49でここまでやるのはたいしたもんだ。」

「ありがとうございます。」

この人にとっては、あくまで自分は50歳。

それでいいや、って感じでその後の会話
を続けた。

この人は、仕事も大好き、遊びも大好き。

きっと生涯現役だろう。

ちょっと憧れるなあ。

78まで生きれる自信はないが、
生涯現役。

病気にならないという運を味方につけて、
生涯現役。

元気あふれるじじいになりたい。

生涯現役は無理としても、

下手な絵をかかなかったら、

生涯元気でいられるかな、なんてね。

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