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HPを立ち上げ、1年あまり。
HPの訪問カウントが50,000を超えた。ずいぶんたくさんの人が訪れたんだ。
保護者、開拓塾職員、現塾生、卒業生、業界関係者などだろう。
時折、このLife-sizeへ意外なメールが届く。
数日前、開拓塾を設立した1年目のときに中2だった男の子からメールがきた。その子は、どちらかというと物静か(自分の前だけかもしれない)だけど、やるときはやるというタイプの生徒でした。
その子には1回も言わなかったが、時習館高校に合格させたいと思っていた。
たしか2学期、無口な彼が「先生、塾やめます。」と唐突に言ってきた。
「え、まさか。」動揺した。
退塾する生徒には、理由を聞かない。
これは、開拓塾設立当初から今も変わらない方針です。
「やめる。」と保護者であろうが、生徒本人であろうが、その言葉を聞いた時、「なぜ?」と聞きたくなる。だが、その人達は、本音を言えるだろうか?
「あなたの授業がよくないから。」と。
自分に不満を持ってやめる人が、やめるそのときにまでさえ、不満を持った人間に気遣わせるのか。
その必要はない。
「やめるのはなぜ?」と聞く行為。
しょせんそれは、自分に対しての不満ではない、というやめる理由の言葉が聞きたいだけだ。
今までのその生徒との過去を正当化したいだけ。
だから、退塾は全て自分の力の無さ。そう決めた。
退塾理由を聞かなかったことが、少なからず自分の成長につながったと思っている。
辞めた生徒との自分の授業、声かけ、過去を全て振り返り、生徒という逆の立場の視点に立って、
可能性がある負の要素全てを考えに、考え抜いた。
そこで、申し訳ない気持ち、なんであんなこと言っちゃったんだ。
だれもいない場所で何回も何回も謝り続けた。「ごめんなさい。」
また、それとは逆に、このことがきっと彼が嫌になった気持ちだろう。と推測できる場面があっても、
これは譲れない部分で、自分の教師観、人生観であって、それを受け入れてくれないのであれば、
やむをえない。という認識もあった。
その繰り返しで今の自分があると思っている。
ここまでくるまで、どれだけの喜びがあったかなあ?
そして、どれだけ傷つけ、傷ついたかなあ?
大人がキズついた分だけ、キッズに喜びを与えれるのかもしれない。
話を戻そう。
無口な彼が「先生、塾やめます。」
「え、まさか。」
一瞬聞きたくなった。そう、やめる理由を。心の中で「塾に不満なかっただろう?」
そう思った数秒後、
彼は申し訳なさそうに、「名古屋に引っ越します。」
非常に残念だった。卒業まで教えたかった。彼と握手をしたかった。
それと同時に、理由が引越しで救われたとも思った。
彼との最後の授業がおわり、お迎えのお母さんの車に彼が乗り込み、助手席の窓が開いた。
「あっちでもがんばれよ!」
彼は、にこっと笑い、ぺこっと頭を下げた。
このメールはそれ以来だ。
彼は4月に大学4年生になり、これから就職活動だそうだ。
ちなみに、寡黙な彼は変わっていなかった。
現在どこの大学で、どこに住んでいて、何を目指しているのか、
メールにはなかった。なんか実に彼らしくて、ちょっと笑ってしまった。
しかし、彼のメールの最後に、
「P.S 僕が塾をやめた日の授業後に、わざわざ僕が乗ってた車まで来てくれて励ましてくれたこと、
今でも感謝しています。ありがとね、先生!では、お体に気をつけて.....」
と書いてあった。 |
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